16890.jpg
高校中退から紆余曲折「弱い立場の人の力になりたい」 ウーバーイーツユニオン創設をサポートした弁護士が目指す「公正な社会」
2025年03月27日 11時11分
#ウーバーイーツ #ピースボート #リーマンショック #バックパック

弁護士登録した2015年から労働問題に関わり、2019年秋にはウーバーイーツ配達員有志による労働組合ウーバーイーツユニオンの創設をサポートした川上資人さん。

「ウーバーイーツユニオン発足以降、全国から相談が来るようになりました」。その後も楽天ユニオン、また構造的に主従関係が生じやすいフランチャイズシステムにおいて、理不尽なフランチャイザーのやり方に異を唱えるフランチャイジー(加盟した事業者)の代理人として、加盟事業者が本部と公正に取引できるように手を尽くしている。

リーマンショック前後、経済的にも精神的にも不安定な派遣労働者という立場で働いていた自身の経験から、社会の制度の根幹にある法律によって、社会的強者のカウンターとなる仕事をしたいと、弁護士を目指したのが30歳のとき。

そこに至るまでの社会経験、遡って学生時代からの数々のユニークな選択、そのすべてが現在の弁護士としての在り方と結びついている川上さんにこれまでの歩み、そしてこれからを聞いた。(取材・文/塚田恭子)

弁護士登録した2015年から労働問題に関わり、2019年秋にはウーバーイーツ配達員有志による労働組合ウーバーイーツユニオンの創設をサポートした川上資人さん。

「ウーバーイーツユニオン発足以降、全国から相談が来るようになりました」。その後も楽天ユニオン、また構造的に主従関係が生じやすいフランチャイズシステムにおいて、理不尽なフランチャイザーのやり方に異を唱えるフランチャイジー(加盟した事業者)の代理人として、加盟事業者が本部と公正に取引できるように手を尽くしている。

リーマンショック前後、経済的にも精神的にも不安定な派遣労働者という立場で働いていた自身の経験から、社会の制度の根幹にある法律によって、社会的強者のカウンターとなる仕事をしたいと、弁護士を目指したのが30歳のとき。

そこに至るまでの社会経験、遡って学生時代からの数々のユニークな選択、そのすべてが現在の弁護士としての在り方と結びついている川上さんにこれまでの歩み、そしてこれからを聞いた。(取材・文/塚田恭子)

●自活のために高校を中退、タコを茹で続けた知床でのひと冬

都内で生まれ、渋谷区立の中学校を卒業して、都立高校に入学したが、学校に通う理由を自問自答する中で疑問が大きくなり、高校2年の7月に中退した。

「義務教育じゃないのに、なぜ高校に通うのか。考えたら、みんなが行っているからだったんです。そんなの理由にならないし、自活したいという思いが強くて。すぐにはアパートを借りられないので、最初は友人宅に居候しながら、当時出入りしていたピースボートの事務所で知り合った便利屋のおじさんの紹介で肉体労働を始めました」

解体、遺品整理、引っ越しの手伝いなど、日給1万円で便利屋の仕事をしながら風呂なし、玄関・トイレ共同四畳半一間のアパートを見つけ、母親に保証人を頼んで契約すると、15歳で自活を始めた。

そのころ考えていたのは日本をバイクで一周することで、二晩通しで解体工事の現場に入るなど、ハードに働きながら頭金を貯めてバイクを購入すると、1994年10月に東京を発った。16歳になっていた。

一般道を北上し、2週間後に北海道に到着。小樽で泊まったライダーズハウスで「寮・賄い付き日給1万円」の求人募集を目にした川上さんは、よい経験になるかもしれないとその水産加工場に連絡し、知床の羅臼で毎日タコを茹でながら、ひと冬過ごした。

「朝8時から深夜0時まで、水と塩で洗い、茹でたタコを竿に吊るす作業を延々繰り返しました。飯場は工場の2階で、仕事を終えて、全身茹で汁やタコの吸盤まみれなのに、疲れているから風呂にも入らず横になると、タコだらけのバスタブで自分が寝ていて、驚いて目が覚める。そんな悪夢を連日見ていました」

最初に渡された給料が約束の日給と合わず、おかしいと思っていると「川上くんは16歳だから、日給7000円ね」と言われた。

「今なら労働法違反と言えますけど、当時の私は、東京の解体屋で働いていた時に現場監督から、『お前はまだ仕事できないんだから、なんでもハイって言うもんだ』、と言われていたので、そういうものなのか、と受け入れました」

タコの休漁期には工事現場で働くなど、北海道滞在も10カ月目に入った1995年7月、予期せぬ出来事が起きた。

「やめた高校の親友が、バイクの免許を取って北海道に遊びに来てくれたんです。一緒にバイクで走って、いろいろ話をして。その友人が、ある晩、宿に戻る道のカーブを曲がり切れず、亡くなってしまったんです」

10月まで北海道にいたものの、川上さんは東京に戻ることを決め、翌1996年4月に定時制高校2年に復学した。

●音楽をあきらめて30歳で弁護士を志す

その年の夏休みには、45日間バックパックでインドを回った。翌年は受験勉強に集中して、早稲田大学商学部に合格。1999年、大学2年の夏に紛争下の旧ユーゴスラヴィア諸国を訪問したのを機に、英語で国際政治や国際関係論を学びたいと考え、大学の交換留学制度の選抜テストを受験し、3年次は米アイオワ州のコーネル・カレッジに留学した。

「本当にリベラルで、いろいろ考えている学生が多い大学で、親友になったシカゴ出身の黒人学生とは、今も交流が続いています。ケネディ大統領が開発途上国の支援を目的に始めたピースコー(平和部隊)に参加し、アフリカに向かう学生も多くて、自分もそういう現場で働きたいと思い、帰国して大学を卒業後、青年海外協力隊で2年間、村落開発普及員としてニジェールに赴任しました」

西アフリカの内陸国ニジェールで、1年目は前任者を引き継ぎ、大豆の生産を試みた。だが、年に8カ月間、一滴も雨が降らない土地での大豆栽培は難しく、基本、自給自足の村民の経済状況の向上を目指し、2年目は農業協同組合の設立に力を入れた。

帰国後は通訳の仕事の縁で「あしなが育英会」の正社員となったが、中学時代に始めた音楽に本気で取り組もうと、2年後に退職。3年間、音楽に没頭した。

「音楽を一生懸命やりたいと頑張りましたが、やはり難しくて。30歳で区切りをつけましたが、この先どうするか。悩んでいたとき、図書館で大平光代さんの『だから、あなたも生き抜いて』が目に留まったんです」

合格するための勉強がいかに過酷か。この本を読んで知った川上さんは、司法試験に挑戦することをみずからに課した。

「音楽の夢を叶えられず、挫折した自分が司法試験をやり通せば、少しは自信を持てるんじゃないか、と。ただ本当に苛酷そうだったので、1週間くらい悩みました」

●猛勉強の自分を救った早朝の座禅

こうして生活のために週に何日か塾の講師や派遣の翻訳の仕事をしながら、司法試験合格を目指す日々が始まった。

「まずは法科大学院に入学するため、伊藤塾に1年半通いました。派遣の仕事のない日は早朝から夜10時、11時まで勉強です。頭の回転の速い秀才は要領よく勉強できるのでしょうけど、凡人の私は膨大な時間をかけて身につけるしかありません。早起きしたのは、朝5時から1時間、座禅・瞑想していたからで、そうしないと頭がおかしくなりそうな日々でした」

伊藤塾、法科大学院(2年)を経て、2度目の挑戦で司法試験に合格したのは36歳のとき。3年半、東京共同法律事務所に所属したのち、現在の事務所に移った。

「明治大学のロースクールに通っていた2011年の春、震災直後に、原発訴訟について大学で講演したのが、東京共同法律事務所の海渡雄一弁護士で、話を聞いてかっこいいなと思って。あと、まったくの偶然なんですけど、司法試験の勉強中に、父親が『親友が新宿で労働者側の弁護士をしている』と話していたのですが、その人が、事務所代表をつとめていた宮里邦雄弁護士だったんです」

弁護士になり、東京共同に入所して最初に関わったのは、受刑者と家族の手紙のやりとりをめぐる訴訟だった。

「東京共同では、弁護士も事務方の仕事を理解するために入所後、事務局研修があります。そのとき私が証拠説明書の作成を手伝ったのが、海渡弁護士が受任していた甲府刑務所の信書発受禁止処分取消訴訟で、一緒にやろうと声をかけてもらいました。

刑事施設収容法には、親族間の手紙のやりとりを禁止してはいけないという規定があります。ところが、刑務所内で養子縁組した同性愛の受刑者が出所し、中にいる家族と手紙をやりとりしようとしたら、刑務所長がそれを認めなかったんです。その違法性を問う訴訟は、一審で負けたものの、二審で逆転勝訴しました」

●労働法の外に置かれた個人事業主を守るために

弁護士になって以来、注力しているのが、労働問題だ。2019年秋のウーバーイーツユニオン設立の背景について、川上さんはこう話す。

「日本でもライドシェアが話題になり始めた2015年頃、タクシー業界がウーバーやライドシェアに強く反対する一方、メディアはライドシェアを肯定する報道をしていました。

タクシーは、会社と運転手の取り分が半々で、ウーバーをやれば運転手の取り分は増えるのに、なぜ反対するのか。最初は私もそう思い、先行する欧米がどうなっているか、英語のサイトで調べてみると、いろいろなことが見えてきました。

まず労働者がプラットフォーマー(PF)にぶら下がると、どうなるか。PFの一存で料金や契約内容はすぐ変わり、労組をつくるといえば、アカウントを停止されかねない。事故の際、補償がどうなるかわからず、労災、失業保険も適用されない。労働者を個人事業主化し、不安定な働き方をすすめるライドシェアには、そんな問題が隠れていました」

2019年5月の連休時、川上さんはウーバーイーツの配達員がツイッター(現X)で、報酬の問題を告発しているのを目にした。

配達員の人たちは"報酬のちょろまかし"と言っていましたが、PFは"誤差の範囲"として済まそうとしている。それを見て『日本は2人から労組を創設できて、団体交渉権を持てるので、相談料はいらないから組合をつくったらどうですか』とツイッターでつぶやいたら、配達員の人から反応があって。半年ほどの準備期間を経て、30人ほどが参加してウーバーイーツユニオンが創設されました」

ウーバーイーツユニオン創設は大きく取り上げられ、その報道を見た楽天市場出店者からの相談へとつながった。

「私に相談してきた楽天ユニオンのメンバーは、楽天が出した『3980円以上買物すれば送料無料』の方針は、PFが店側に送料負担を強いるものだと言います。本来、取引は店と客がおこなうものです。PFによる送料一律無料の決定は、優越的地位の濫用を禁じる独占禁止法(独禁法)違反の疑いがあると伝えたところ、彼らは出店者約4000の署名を集めて、公正取引委員会(公取委)に提出しました」

署名を受けた公取委は、楽天に独禁法違反の疑いがあるとして、緊急停止命令を出すよう、東京地裁に申し立てている。

その後も、フランチャイズ事業に加盟した事業者の代理人をつとめた「おたからや」の集団訴訟などを手がけた。本部に異を唱えたフランチャイジーへの制裁を目的とした武田塾紛争では、本部直営校の開校差し止め処分を得るなど、結果を残している。

●力の差がもたらす優劣を改善し、公正な取引の実現を目指す

プラットフォーマーと個人事業主。フランチャイザー(本部)とフランチャイジー(加盟事業者)。この問題の前提には、両者の力の差が大きいがゆえに、上下関係が生じやすいという構造的な問題がある。公正な取引の実現を目指す川上さんは、だからこそ弱い、小さい立場の側の力になれる仕事がしたいという。

「労働法は労働者にしか使えなくても、ウーバーイーツユニオンや楽天ユニオンにも団体交渉権はあるし、独禁法は使えます。当事者にとって、使う道具(法律)は何でもいいので、これからも公正な取引の実現に役立つ仕事をしたいですね」

弁護士としてのスタンスに通底するのは、派遣や個人事業主など不安定な側から社会を見る視線だ。

「派遣は昔からあった働き方ではありません。のちに経団連と統合される日経連は、1995年に出した『新時代の日本的経営』という白書をもとに、与党にロビーイングしました。

白書では、核となる正社員はピラミッドの上層の一部でよく、労働市場の流動性を高めるため、最下層部にはいつでも替えが利く派遣社員を置けばよいとし、労働者に不利な派遣法や労働法は制定されました。私はまさに、その下層部にいたわけです。

私たちの社会は、天気のような自然現象ではありません。社会は何となくこうなっているのではなく、一部の権力者の明確な意思決定によって、今ある社会になっている。そこを勘違いしてはいけないと思います」

社会的な強者のカウンターとなる仕事をしたいという川上さんが、法改正に向けて社会運動として続けていくと話すのが、元ジャニーズJr.のメンバーでつくる任意団体で、川上さんも共同代表をつとめる『子どもの性被害 時効にNO!』の活動だ。

「亡くなった人を訴えられない中、事務所は被害者救済委員会をつくって被害者への補償、金銭による和解を進めていますが、いちばん大きいのは時効の問題です。民法の不法行為の損害賠償請求は、被害者、法定代理人が損害および加害者を知ったときから3年、あるいは不法行為のときから20年で時効になります。

アメリカでは、2022年に子どもの性被害については時効がなくなりました。海外では同様の問題に対応しているのに、日本はここでもガラパゴス状態です。日本でも子どもの性被害については時効をなくすため、今後も社会運動を続けていきます」

新着記事
一般的なニュースのサムネイル

同性婚訴訟、東京高裁が「合憲」判断 全国で唯一判断割れる結果に…弁護団「きわめて不当な判決だ」

性的マイノリティの当事者が、同性同士が結婚できないのは憲法に反するとして、国を訴えた裁判(東京2次訴訟)の控訴審で、東京高裁(東亜由美裁判長)は11月28日、現行法の規定を「合憲」と判断した。

一般的なニュースのサムネイル

最高裁で史上初の「ウェブ弁論」、利用したのは沖縄の弁護士「不利益にならない運用を」

裁判の口頭弁論をオンラインで実施する「ウェブ弁論」が今月、初めて最高裁でおこなわれた。

一般的なニュースのサムネイル

夫の「SM嗜好」に苦しむ妻、望まぬ行為は犯罪になる?離婚が認められる条件は?

パートナーの理解を超えた「性的嗜好」は、離婚の正当な理由になるのでしょうか。弁護士ドットコムには、そんな切実な相談が寄せられています。

一般的なニュースのサムネイル

国分太一さん「答え合わせしたい」日テレの拒否は「適正手続」の観点から問題?

コンプライアンスの問題を理由に番組を降板し、活動を休止していた元TOKIOの国分太一さんが、11月26日に東京霞が関で記者会見を開きました。

一般的なニュースのサムネイル

国分太一さん「録音の削除求められた」消さないと違法だったの?弁護士が解説

解散したアイドルグループ「TOKIO」の国分太一さんが11月26日、東京都内で記者会見を開き、日本テレビ側から番組降板を告げられた際、会話を録音しようとしたところ、同席した弁護士からデータの削除を求められたと明らかにした。一般論として、法的に録音の削除に応じないといけないのだろうか。

一般的なニュースのサムネイル

「サケ漁はアイヌ文化の主要な部分」日弁連、アイヌ施策推進法の改正求める意見書

日本弁護士連合会(日弁連)は11月20日、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」(アイヌ施策推進法)の5年見直しに際し、アイヌ集団の権利保障やサケ漁の権利の法整備などを求める意見書を公表した。同法附則第9条の見直し規定に基づき、文部科学大臣や農林水産大臣など関係機関に提出した。

もっと見る