中学校の部活動を学校から地域へ移す「地域移行」が、全国で本格的に進んでいる。
休日の指導を教員ではなく、地域住民や民間の指導者が担う仕組みだが、見逃せないのが「誰が子どもを教えるのか」という問題だ。
「オリンピック選手を育てたコーチも素晴らしいですが、その競技を"楽しい"と思わせた最初のコーチこそ、日本の宝なんです」
そう語るのは、様々な地域の有識者会議で部活動改革に関わってきた大阪体育大学の土屋裕睦教授だ。
土屋教授は、安全・安心な指導環境を整えるため、地域の指導者に対する公的資格として「ライセンス制度」の導入をうったえている。(弁護士ドットコムニュース・玉村勇樹)
●重要な存在だからこそ「ライセンス」を
多くのトップアスリートが振り返る「原点」は、幼少期の部活動やクラブ活動だ。競技人生を大きく左右するのが、その最初の一歩を支える指導者の存在である。
「競技を続けるか、やめるかは"最初に出会った指導者"の影響が大きい」
だからこそ土屋教授は、地域の指導者が安心して活動できるように「ライセンス制」の導入を提案する。
「自動車やバイクの運転にも、基本的な知識と技能を確認する免許が必要です。同じように、指導者にも最低限の知識を持ってもらう制度があっていい」
指導者に求められる知識は多岐にわたる。たとえば日本スポーツ協会の「公認スポーツ指導者資格」では、熱中症や脳振とうへの正しい対応、AEDの使い方、ハラスメントを防ぐコミュニケーション、急な天候変化への対応方法などを学ぶ。
こうした基礎的な知識を一定の時間をかけて学び、講習や試験を経て「安全に指導できる人」として認定する仕組みがあれば、地域全体の信頼にもつながる。
●『いい人』と『いい指導者』は別
「熱意がある」「子ども思い」──。それだけでは、安全な指導はできないと土屋教授ははっきり言う。
「いい人と、いいコーチは別です。どんなに人柄がよくても、知識がなければリスクは防げません。子どもの命と成長に関わる立場だからこそ、適切な知識を持つことが必要です」
土屋教授自身、日本代表やプロチームから幼児クラスまで、幅広い年代への指導経験を持つ。
「就学前の子どもたちと関わるときは、言葉も表情もすべて変えないと伝わらない。対象によって指導のスキルはまったく違います」
●レベル制で「誰でも始められる」設計に
一方で、資格要件を厳しくしすぎると「地域で指導してくれる人がいなくなるのでは」といった懸念もある。これについて土屋教授は、「段階的な資格制度」がカギだと話す。
「初級レベルは、1日講習で取れるくらい簡単にして、希望者は中級・上級とステップアップできるようにすればいい。学びの機会を確保しながら、"安心して任せられる仕組み"を整えることが重要なんです」
地域の初心者クラスと、全国を目指すような競技チームでは、求められる指導力が異なる。対象や目的に応じた"レベル別の資格"があれば、多様な人材の参加も促されるだろう。
●「楽しい」と感じさせる指導者こそ「日本の宝」
土屋教授は「初心者にスポーツを『楽しい』と感じさせてくれた最初の指導者こそ日本の宝」だと強調する。そうした地域のコーチたちが、安心して指導できる環境づくりが望ましいと考えている。
スポーツ基本法が改正された今、子どもたちが「安心してスポーツを楽しめる権利」を実現するために、誰が、どのように支えるのかが問われている。
【略歴】
土屋裕睦(つちや・ひろのぶ)。大阪体育大学教授。博士(体育科学)。公認心理師。スポーツメンタルトレーニング上級指導士。文部科学省「スポーツ指導者の資質能力向上のための有識者会議」委員、日本スポーツ協会「NO!スポハラ」実行委員、部活動のあり方に関する有識者会議委員等を歴任。著書に「実践!グッドコーチング」(PHP研究所)他、トップ選手の心理相談の他、地域では小・中学生の指導にもあたる。コーチデベロッパー(コーチのコーチ)として公認コーチ育成事業にも尽力。専門はスポーツ心理学。剣道教士七段。