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誤認逮捕されてしまった場合、損害は補償されるのか
2012年10月31日 16時04分

横浜市のホームページに小学校への襲撃予告が書き込まれ、男子大学生が威力業務妨害容疑で神奈川県警に逮捕された事件で、その後真犯人を名乗る者から犯行声明が出されたことで、この男子大学生の逮捕は誤認逮捕であったことが明らかになった。

誤認逮捕のきっかけは、男子大学生の使用していたパソコンが遠隔操作ウイルスに感染してしまったことであり、この他にも同様の手口による襲撃予告などの書き込みで、この男子大学生を含め全国で4人が誤認逮捕を受け、警視庁や各県警、地方検察庁が謝罪する事態になっている。

これら一連の誤認逮捕については、各捜査機関の対応が不適切だったのではという批判が上がっており、報道によると、特に男子大学生を逮捕した神奈川県警では、取り調べの際に「認めないと少年院に行くことになる」などと容疑を認める自白を誘導した疑いがもたれている。この男子大学生は当初は容疑を否認していたものの、その後容疑を認める供述を行なったとされ、8月に保護観察処分を受けた。

それでは、もし今回の事件のように誤認逮捕されてしまったことで、社会的地位を失うなどの損害が出てしまった場合、誤認逮捕をした捜査機関からの損害賠償など、相応の補償はされるのだろうか。萩原猛弁護士に聞いた。

●誤認逮捕を受け、その後裁判で無実が認められた場合は刑事補償法の対象になる

「憲法では『何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる』(憲法40条)と規定しています。この憲法の規定を受けて、刑事補償法は、逮捕・勾留1日あたり1,000円以上12,500円以下の割合による補償金の交付を受けられる旨規定しています(刑事補償法4条1項)。」

「しかし、刑事補償法の対象となるのは、あくまで起訴されて無罪判決を得た人が、逮捕・勾留されていた場合だけです。今回の事件のように、起訴される前に容疑が晴れ釈放された場合については、刑事補償法の対象にはなりません。」

●誤認逮捕を受け、起訴される前に釈放された場合は被疑者補償規程の対象になる

「逮捕後、起訴される前に容疑が晴れ釈放された場合の手当は『被疑者補償規程』に拠ります。その2条は『検察官は、被疑者として抑留又は拘禁を受けた者につき、公訴を提起しない処分があった場合において、その者が罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由があるときは、抑留又は拘禁による補償をするものとする』と定めています。補償される金額の基準は、刑事補償法と同様です。」

「しかし、被疑者補償規程は、法務省訓令という行政機関の内部規程に過ぎず、誤認逮捕された者に補償を請求する『権利』を与えたものではありません。補償されるか否かは、全て検察官の裁量です。今回の遠隔操作ウイルス感染によるネット犯罪については、逮捕された者が無実である十分な理由があるというべきでしょうから、逮捕・勾留期間に応じて、被疑者補償規程による補償を受けられると思われます。」

●国家賠償法に基づいて補償を求めることが可能な場合もある

「この他に、捜査機関の捜査の対象とされた者が不起訴になったり、あるいは、裁判を受けた者が無罪判決を得た場合等に、補償を求める方策として、『国家賠償』が考えられます。国家賠償法は『国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる』(国家賠償法1条1項)と規定しています。」

「私たちも、逮捕されたというだけでその人を犯罪者と断定することには慎重にならなければなりません。逮捕が間違っているということもあり得るということを十分にわきまえて対応すべきでしょう。」

●逮捕=有罪ではない 誤認逮捕の可能性もあるので慎重な判断が必要

誤認逮捕の場合には刑事補償法または被疑者補償規程が適用されるとはいえ、その補償額が充分かは議論の分かれるところであり、国家賠償によって賠償金を獲得するのは容易ではないとされるので、誤認逮捕された人が受けた損害の大きさによっては、充分とはいえない程度の補償になってしまう可能性がある。

一般的には、逮捕と聞くとつい犯人が捕まったという連想をしがちだが、萩原弁護士が言及した通り、逮捕された人をすぐに犯罪者と断定してしまうと、誤認逮捕の場合に逮捕された人の損害がより大きくなってしまう恐れがあるので、特にマスメディアなど拡散力の強い媒体による報道には慎重さが必要だろう。

今回の遠隔操作ウイルス事件はまだ解決しておらず、今後また誤認逮捕される人が出ないためにも、事件の早期解決を望みたい。

(弁護士ドットコムニュース)

横浜市のホームページに小学校への襲撃予告が書き込まれ、男子大学生が威力業務妨害容疑で神奈川県警に逮捕された事件で、その後真犯人を名乗る者から犯行声明が出されたことで、この男子大学生の逮捕は誤認逮捕であったことが明らかになった。

誤認逮捕のきっかけは、男子大学生の使用していたパソコンが遠隔操作ウイルスに感染してしまったことであり、この他にも同様の手口による襲撃予告などの書き込みで、この男子大学生を含め全国で4人が誤認逮捕を受け、警視庁や各県警、地方検察庁が謝罪する事態になっている。

これら一連の誤認逮捕については、各捜査機関の対応が不適切だったのではという批判が上がっており、報道によると、特に男子大学生を逮捕した神奈川県警では、取り調べの際に「認めないと少年院に行くことになる」などと容疑を認める自白を誘導した疑いがもたれている。この男子大学生は当初は容疑を否認していたものの、その後容疑を認める供述を行なったとされ、8月に保護観察処分を受けた。

それでは、もし今回の事件のように誤認逮捕されてしまったことで、社会的地位を失うなどの損害が出てしまった場合、誤認逮捕をした捜査機関からの損害賠償など、相応の補償はされるのだろうか。萩原猛弁護士に聞いた。

●誤認逮捕を受け、その後裁判で無実が認められた場合は刑事補償法の対象になる

「憲法では『何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる』(憲法40条)と規定しています。この憲法の規定を受けて、刑事補償法は、逮捕・勾留1日あたり1,000円以上12,500円以下の割合による補償金の交付を受けられる旨規定しています(刑事補償法4条1項)。」

「しかし、刑事補償法の対象となるのは、あくまで起訴されて無罪判決を得た人が、逮捕・勾留されていた場合だけです。今回の事件のように、起訴される前に容疑が晴れ釈放された場合については、刑事補償法の対象にはなりません。」

●誤認逮捕を受け、起訴される前に釈放された場合は被疑者補償規程の対象になる

「逮捕後、起訴される前に容疑が晴れ釈放された場合の手当は『被疑者補償規程』に拠ります。その2条は『検察官は、被疑者として抑留又は拘禁を受けた者につき、公訴を提起しない処分があった場合において、その者が罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由があるときは、抑留又は拘禁による補償をするものとする』と定めています。補償される金額の基準は、刑事補償法と同様です。」

「しかし、被疑者補償規程は、法務省訓令という行政機関の内部規程に過ぎず、誤認逮捕された者に補償を請求する『権利』を与えたものではありません。補償されるか否かは、全て検察官の裁量です。今回の遠隔操作ウイルス感染によるネット犯罪については、逮捕された者が無実である十分な理由があるというべきでしょうから、逮捕・勾留期間に応じて、被疑者補償規程による補償を受けられると思われます。」

●国家賠償法に基づいて補償を求めることが可能な場合もある

「この他に、捜査機関の捜査の対象とされた者が不起訴になったり、あるいは、裁判を受けた者が無罪判決を得た場合等に、補償を求める方策として、『国家賠償』が考えられます。国家賠償法は『国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる』(国家賠償法1条1項)と規定しています。」

「私たちも、逮捕されたというだけでその人を犯罪者と断定することには慎重にならなければなりません。逮捕が間違っているということもあり得るということを十分にわきまえて対応すべきでしょう。」

●逮捕=有罪ではない 誤認逮捕の可能性もあるので慎重な判断が必要

誤認逮捕の場合には刑事補償法または被疑者補償規程が適用されるとはいえ、その補償額が充分かは議論の分かれるところであり、国家賠償によって賠償金を獲得するのは容易ではないとされるので、誤認逮捕された人が受けた損害の大きさによっては、充分とはいえない程度の補償になってしまう可能性がある。

一般的には、逮捕と聞くとつい犯人が捕まったという連想をしがちだが、萩原弁護士が言及した通り、逮捕された人をすぐに犯罪者と断定してしまうと、誤認逮捕の場合に逮捕された人の損害がより大きくなってしまう恐れがあるので、特にマスメディアなど拡散力の強い媒体による報道には慎重さが必要だろう。

今回の遠隔操作ウイルス事件はまだ解決しておらず、今後また誤認逮捕される人が出ないためにも、事件の早期解決を望みたい。

(弁護士ドットコムニュース)

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