AI技術の進化により、実在の人物の顔を別の映像に合成する「ディープフェイク」への懸念が強まっています。
中でも、卒業アルバムやSNSの写真などを悪用した性的なディープフェイク画像の作成・拡散は、被害者に深刻な精神的苦痛をもたらします。
しかし、鳥取県議会で6月、ディープフェイク画像の作成や提供などに対し過料を科すことを盛り込んだ改正青少年健全育成条例が成立したものの、直接規制する法律はありません。
韓国では2024年に厳罰化を含む特別法が制定されましたが、日本における規制の現状について、刑事事件にくわしい澤井康生弁護士に聞きました。
●韓国では2024年にディープフェイクポルノを規制する法令が成立
韓国では2020年以降、ソウル大学ディープフェイク事件など卒業写真やSNSの写真を利用した性的ディープフェイク画像等が作成、投稿される事件が発生したことを受け、2024年9月に性的なディープフェイクの取り締まりを含む性暴力処罰特例法が成立しました。
その後も罰則を強化する法改正がなされ、性的ディープフェイク映像物等を編集、合成、加工した者は7年以下の懲役または罰金、頒布した者も同様とされています。
さらに性的ディープフェイク映像物等を所持、購入、保存、視聴した者も3年以下の懲役または罰金とされています。
このように韓国では性的ディープフェイク映像物の作成や頒布について厳罰が規定されています。性的ディープフェイク映像物の作成や頒布には関与しておらず、他人が生成したディープフェイク映像を視聴しただけの者まで処罰されるなど非常に厳しく規制されています。
さらに2025年6月からは性的ディープフェイク取り締まりのため捜査機関が仮装身分捜査をおこなうことも可能とされました。
●日本ではディープフェイクポルノを取り締まるための特別の法規制はない
日本の場合、韓国のように特例法があるわけではないことから、既存の刑法で対応することになります。
最近の裁判例ではAIを用いて芸能人の顔画像を市販されているアダルトビデオの動画にはめこんでディープフェイクポルノを作成した事件について、タレントとしてのイメージやその名誉を毀損し、精神的苦痛を及ぼすと同時に、芸能活動への支障により多大な経済的損害を及ぼしかねない非常な悪質な行為であるとして名誉毀損罪(刑法230条1項)の成立を認めたものがあります(東京地裁令和2年12月18日判決)。
また同判決は既存のアダルトビデオという著作物の改変行為として著作権法違反も認めています(著作権法119条1項)。
ディープフェイクポルノ画像等がわいせつ物に該当する場合、当該画像等を頒布・陳列(ネット上の送信を含む)すれば、わいせつ物等頒布陳列罪(刑法175条)が成立します。
ディープフェイク画像等の元データの被害者が18歳未満であった場合、児童ポルノ禁止法違反となる可能性もあります。
実在する児童の裸をコンピューターグラフィックスで描いた事件について最高裁は児童ポルノ禁止法違反を認めています(最高裁令和2年1月27日決定)。
この最高裁判決を前提とすれば、実在する児童の顔を元にして性的ディープフェイク画像等を作成した場合、児童ポルノ禁止法違反が成立するものと思われます。
以上より、日本には韓国のようにディープフェイクを取り締まる特例法はありませんが、名誉毀損罪、著作権法違反、わいせつ物等頒布陳列罪が成立します。さらに被害者が18歳未満の場合には児童ポルノ禁止法違反も成立します。