記録的な暑さが続く日本列島。8月5日には群馬県伊勢崎市で41.8度を観測し、国内の観測史上最高気温を更新した。わずか1週間前の7月30日には、兵庫県丹波市で41.2度を記録したばかりで、異例の早さで記録が塗り替えられたかたちだ。
各地で熱中症警戒アラートが相次いで発表されるなか、「この状態で出勤は生存困難なレベル」といった不安の声も広がっている。
それでも出勤を求められた場合、従業員は従わなければならないのだろうか。そして、通勤中や勤務中に体調を崩した場合、企業や行政に法的責任は生じるのか。今井俊裕弁護士に聞いた。
●アラートが出ても「出勤義務」は消えない
─猛暑日や熱中症警戒アラートが出ている日に出勤を求められた場合、従業員は従わなければならないのでしょうか
熱中症警戒アラートは、湿度や気温、輻射(ふくしゃ)熱などをもとに算定した「暑さ指数」が33を超える状況で発令され、熱中症の危険性に対する“気づき”を促すための情報です。
もちろん、年齢や体調、職場環境などによって、より深刻なリスクにさらされる場合もあります。しかし、端的にいえば、アラートが出ていることだけを理由に、その日の労働提供義務が免除されるわけではありません。
●出社を求め続けることは損害賠償のリスクも
─企業は猛暑日の通勤について、安全配慮義務を負っているのでしょうか?
これは難しい問題です。通勤中は、従業員が会社の指示によって業務に従事しているわけではないため、一般的には会社の「安全配慮義務」は及ばないと理解されています。
安全配慮義務とは、本来、業務中に従業員が健康被害やケガをしないように会社が注意を払うべきという義務です。
ただし、下級審の事案のなかには、通勤中にも安全配慮義務が認められる可能性を示した和解勧告が報じられた例もあります。和解勧告は非公開で内容も不明なため、その判断には慎重さが必要ですが、今後の議論の一つの材料になると考えられます。
─出社を求め続けた結果、従業員が体調を崩した場合、会社が損害賠償を請求されるリスクはありますか?
仮に安全配慮義務違反が認められない場合でも、企業の責任が否定されるとは限りません。
たとえば、連日熱中症警戒が呼びかけられている中で、会社が強く出社を求め、それに応じた従業員が通勤中に熱中症になった場合、不法行為に基づき損害賠償責任を負う可能性はあります。
─テレワークの指示や出勤時間の変更など、企業が取るべき対応は何でしょうか?
従業員が通勤中に熱中症を発症すれば、業務体制に支障が出るだけでなく、他の従業員の士気にも悪影響を及ぼします。企業の信用にも関わりかねません。
そうしたリスクを回避するためにも、業務への影響を見極めたうえで、テレワークの指示や出勤時間の変更など、柔軟な対応をとることが望ましいと考えられます。
●「暑すぎて行けない」は通用しない?
─猛暑を理由に出勤を拒否した従業員を会社が処分することは許されますか?
これは冒頭の問題とも関わりますが、猛暑日であることのみを理由に、労働提供義務が消滅するとは言えません。基本的には、従業員には出勤義務があります。
・持病があり、会社もその事実を把握している場合
・公共交通機関が使えず、長時間炎天下を徒歩で移動しなければならない事情がある場合
・社会全体として“異常事態”と認識されている猛暑日で、他社が出勤停止措置を講じている状況にある場合
こうしたケースでは、出勤を拒否したことが正当化される可能性もあるでしょう。