「MU-TON」の名義でラッパーとして活動していた男性が1月22日、都内で覚せい剤を使用した疑いで警視庁に逮捕された。
報道によると、1月16日、新宿区内のアパートで不審な行動をしている男性を目撃した人が110番通報。駆けつけた警察官が男性に職務質問している際、不審な様子を見せたため、尿検査を実施した。陽性反応が出たものの、男性は正式な結果が出る前にその場から立ち去ってしまい、4日後の20日に福島県の実家にいたところを逮捕された。
大規模なラップバトル大会で優勝するなどの実績がある男性だが、逮捕当時は別の覚せい剤使用事件で逮捕・起訴され保釈中の身だったようだ。
男性は警察の調べに対し、「覚せい剤を使用したかどうかわからない。自分が現実なのか妄想なのかわからない」などと供述しているという。
供述が事実であれば、意識障害や記憶の低下などの症状が出ていることも考えられるが、もし仮にそのような状況で薬物を摂取した場合、犯罪の成否に影響はないのだろうか。刑事事件に詳しい清水俊弁護士に聞いた。
●「自らそのような状態を招いている」なら責任能力は否定されない
──「覚せい剤を使用したかどうかわからない。自分が現実なのか妄想なのかわからない」という状態で実行行為がなされた場合でも、犯罪の成立には影響ないのでしょうか。
そもそも、「自分が現実なのか妄想なのかわからない」状態とは具体的にどのような状態なのか。いつ、どのような理由でその状態がもたらされたのか。報道内容ではそこまでのことはわかりませんが、仮に病気などが理由で意思能力、判断能力が失われた状態で覚せい剤を使用した、ということであれば、場合によっては責任能力がなく、罪に問えない可能性もあります(刑法39条1項)。
ただ、覚せい剤の常用など自らそのような状態を招いているということであれば完全な責任能力を問われるのではないかと考えます。
別の薬物事件で保釈中とのことなので後者の可能性が高いようにも思われます。
──薬物事案では今回のような供述をすることは必ずしも珍しくないのでしょうか。
薬物の場合は経験がありませんが、酒に酔っていたので犯行時の記憶がないといった供述を聞くことはあります。
初めて飲酒して病的に酩酊状態になったのであれば別ですが、飲酒により粗暴傾向となることを認識しながら飲酒して犯行に及んでしまっているケースが多く、私の経験としては、犯罪の成否や責任能力が問題となることはほとんどありません。
●「新たな犯罪をした」ことは保釈取消しの条件ではない
──男性は別の薬物事件で保釈中だったようですが、今回の逮捕で保釈についてはどうなるのでしょうか。
イメージ的には保釈が取り消されて保釈金が没収されそうに思われるかもしれませんが、保釈中に新たな犯罪に及んでも直ちに保釈が取り消されることにはなりません。
なぜなら、保釈は逃亡や罪証隠滅、保釈条件違反などを理由に取り消されますが(刑事訴訟法96条)、「新たな犯罪をした」ことは保釈取消しの条件ではないからです。
なお、被害者や証人などを脅迫した場合、新たな犯罪に及んだということではなく、罪証隠滅行為に及んだという意味で保釈取消しになり得ます。