高齢女性からキャッシュカードを盗もうとしたとして、私立中学教諭の男性が窃盗未遂の疑いで大阪府警に逮捕された。特殊詐欺の「受け子」とみられている。
報道によると、男性は9月中旬、大阪府岸和田市内の高齢女性宅に警察官を名乗って電話をかけ、キャッシュカードを受け取ろうとした疑いがある。
女性は不審に思い警察に通報。男性は家を訪れてインターホンを押したが、女性が出てこなかったため、立ち去ったようだ。
では、なぜ今回「詐欺」ではなく「窃盗未遂」で立件されたのか。刑事事件にくわしい澤井康生弁護士に聞いた。
●なぜ詐欺ではなく「窃盗」なのか
特殊詐欺は「オレオレ詐欺」などに始まり、警察や銀行をかたり「口座が凍結された」とか「名義が悪用された」などと偽ってキャッシュカードを交付させる手口が主流でした。この場合は、詐欺罪が成立します。
しかし、被害者の警戒が高まったことから、近年は「カードを封筒に入れて封印する」などと指示し、印鑑を取りに行かせる隙に、準備していた「トランプ入りの封筒」とすり替える「すり替え盗」へと手口が変化してきました。
この場合は、被害者の財物を直接盗むため、詐欺罪ではなく窃盗罪にあたるのです。
今回のケースでも、受け子である中学教師が小道具(トランプなどのカードや封筒)を準備して被害者宅を訪れていたなどの背景から、窃盗未遂が問題となったと考えられます。
●被害者宅に近づいて「未遂」に
もう一つの疑問は、窃盗未遂の成立時点です。
通常、窃盗罪は金品を物色するなどの行為に着手して初めて成立すると考えられています。しかし、今回のケースでは、インターホンを押しただけで、被害者に会ってすらいません。
実は最高裁は、特殊詐欺の受け子が被害者宅から140メートルの地点まで近づいた段階で窃盗罪の成立を認めています(最高裁令和4年2月14日判決)。
この事件では、警察官から尾行されていることに気づいて犯行を断念していました。まだ訪問していない段階でも「被害発生の現実的危険性」があれば未遂が成立するという判断です。
したがって、今回のように被害者宅に到着して、インターホンを押した行為は、未遂の成立を認めるには十分といえるのです。
●犯行をやめるタイミングに注意
特殊詐欺グループの典型的な流れは次のとおりです。
(1)かけ子が電話で被害者をだまし、キャッシュカードを用意させる
(2)受け子が訪問し、キャッシュカードを封筒に封印させる
(3)受け子が印鑑を取りに行かせる隙に、トランプ入りの封筒とすり替えて盗む
この流れでは、かけ子の電話で被害者がだまされた時点で下地ができ、受け子が被害者宅に接近すれば、もはや被害発生の危険性は高いといえます。
今回のケースでは、被害者宅に訪問し、インターホンも押しているため、窃盗未遂罪の成立が認められるのは明らかです。
一見、特殊詐欺は「詐欺罪」で処理されると思われがちですが、手口によっては窃盗罪になります。
特に「すり替え盗」では、被害者宅に到着する前から窃盗未遂罪が成立する可能性が高いのです。犯行をやめて、踏みとどまるタイミングに注意が必要です。