中居正広さんと元女性アナウンサーとのトラブル対応をめぐって、フジテレビが前社長の港浩一氏と元専務の大多亮氏に対して、50億円の損害賠償を求める裁判を東京地裁に起こしました。
報道によると、フジテレビは、港氏と大多氏が重大な人権侵害の可能性がある事案について報告を受けながら、取締役としての義務を怠った結果、広告収入が減るなど約453億円の損害を与えたと主張しているといいます。
テレビ局が自社のかつての経営トップを訴えるのは極めて異例です。
訴えは連帯しての請求ですが、もし裁判所が50億円の支払いを命じた場合でも、個人が全額を支払うのは現実的には難しいと思われます。
では、2人が支払えない場合はどうなるのでしょうか。そして、フジテレビがあえて高額請求に踏み切った狙いはどこにあるのでしょうか。今井俊裕弁護士に聞きました。
●「役員賠償責任保険」から支払われる可能性
──2人が50億円を払えない場合、どうなりますか?
上場企業の役員であれば、会社が保険会社と「役員賠償責任保険」を契約していることが多いです。
訴訟の過程で、賠償責任の有無や金額が審理される一方で、保険会社も訴訟に並行して情報を収集します。保険会社が「免責事由にあたらない」と判断すれば、契約時に定めた上限額の範囲内で保険金が支払われます。
ただし、判決や和解で認められた賠償額が保険の上限を上回る場合は、その超過分は個人資産から支払うことになります。
今回のように多額の賠償額の支払いを求める訴訟は、和解で終了することが十分にありえます。賠償額が保険の上限を超える額であっても、その超える部分について個人資産で支払可能な範囲内の額で終了することも考えられます。
一方で、保険金でまかなえきれないほど高額で、個人資産でも到底払えない高額賠償が命じられた場合は、自己破産の申立てに至る可能性があります。その際、裁判所が免責を認めれば、会社側はそれ以上回収できなくなります。
●会社の狙いは「株主への説明責任」
──なぜフジテレビはこれだけの高額請求に踏み切ったのでしょうか?
中居氏による女性アナウンサーへの性加害事件などが報道されたことで、フジテレビは約450億円の損失を被ったと主張しているようです。
今回の50億円という請求額は、損失額と比較すれば小額ですが、実際のところ、フジテレビが元役員や保険会社からどこまで回収できると考えているのかはわかりません。
しかし損失が巨額であるにもかかわらず、元経営陣への請求がわずかであれば、世間から「今回の事件をその程度のものとしか捉えていないのではないか」「第三者委員会による調査報告も終了しており、すでに幕が引かれた過去の事件と軽く捉えているのではないのか」と批判を受けかねません。
また、芸能界と今後もいろいろと関係を続けて行かざるを得ない宿命にある放送会社にあって、業界慣行や企業風土を本気で改めようとする意気込みが本当にあるのか、大手スポンサーの目も厳しく注がれるでしょう。
さらに株主からは「旧経営陣の責任を厳しく追及しようとしない現経営陣」に対する批判も予想されます。
つまり、今回の提訴は、フジテレビが「変わろうとしている」という姿勢を示し、株主やスポンサーに対する説明責任を果たす意味合いもあるといえます。