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自粛要請のK-1イベント決行、どう思う? 国や埼玉県が「中止」にできない理由
2020年03月24日 13時35分

新型コロナウイルスの感染拡大防止がいわれる中、キックボクシング団体「 K-1」が3月22日、さいたま市で大規模なイベントを開催した。主催者発表によると、6500人の観客が来場したという。

このイベントについては、飛沫感染などの恐れから、西村経済再生担当大臣や埼玉県が開催を自粛するよう主催者に求めていた。主催者は来場者にマスクやミネラルウォーターを配布。サーモグラフィーを設置して観客の体温を確認し、飲食物の販売は行わないなどの対策を講じた上で、開催した。

これに対し大野元裕県知事は同日、「埼玉スーパーアリーナで開催のK-1イベントについては、幾度も自粛の協力依頼を行って参りましたが、協力をいただけなかったこと、誠に残念です。主催者には、可能な限りの防疫措置をとること、万が一の場合に備え、入場者全員の連絡先を得ること等を指示しました」とツイートした。

ネットでは、感染を心配する声のほか、中止による主催者への経済的な打撃を懸念する声も上がり、賛否両論となった。また、政治家や国が「自粛」にとどめたことに対しても政治家や識者らの間で議論が活発化している。

なぜ現在は、「中止」できないのだろうか?  秋山直人弁護士に聞いた。

国や埼玉県が現在、イベントの中止を「自粛要請」するに止まっているのはなぜ?

「国や埼玉県が、当該イベントについて、『自粛の協力依頼』を行ったにとどまったのは、法的には、新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下『特別措置法』)32条の『新型インフルエンザ等緊急事態宣言』(以下『緊急事態宣言』)が未だなされていないからだと考えられます。

先日、新型コロナウイルス感染症を、平成24(2012)年に既に成立していた特別措置法の『新型インフルエンザ等』とみなすという改正法が成立し、3月14日から施行されました。

このため、政府の対策本部長が『緊急事態』を宣言すれば、特別措置法45条に基づき、都道府県知事は、一定期間、政令で定める多数の者が利用する施設の管理者や、当該施設を使用して催物を開催する者(「施設管理者等」)に対し、当該施設の使用の制限・停止や催物の開催の制限・停止等の措置を講ずるよう要請することができます。

施設管理者等が正当な理由がないのに当該要請に応じないときは、当該要請に係る措置を講ずべきことを『指示』することもできます。

このように、『緊急事態宣言』のもとでは、法律に基づき、イベント中止の要請・指示が可能です」

「『緊急事態宣言』は、《新型インフルエンザ等が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件〔重症の発生頻度の高さ、感染経路の特定困難等〕に該当する事態が発生したと認められるとき》になされるものとされています。

しかし、現段階ではなされていないため、埼玉県知事は、『自粛の協力依頼』を行ったにとどまったものと考えられます。これは、特別措置法24条9項の『協力の要請』にあたるものと考えられます。

『協力の要請』はあくまで任意の協力を要請するにとどまるものですので、イベント主催者が、これに従わず、イベントを開催したとしても、そのことについて県や国がイベント主催者に法的責任を問うことは困難です。

もっとも、イベント主催者は、国や県知事から『自粛の協力要請』を受けながらこれに従わず、イベント開催を強行して、当該イベントで感染者が広がったような場合には、甚大な社会的非難を受けることが予想されますから、通常は従うことが多いと考えられます。

今回のイベント主催者も、当然、そのようなレピュテーションリスクも考慮したと思われますが、イベントを延期・中止にした場合に被る経済的損失の大きさから、そのようなリスクがあってもなお、イベント開催を強行することを選択したのかもしれません」

イベントを強制的に中止させることは憲法に違反しない?

「イベント主催者に対する世間の風当たりは強いと思われますが、イベント主催者には憲法上、営業の自由が保障されており、イベント主催者からみれば、新型コロナウイルス感染防止を理由にイベントの延期や中止を求められることは、当該憲法上の自由を制約されるということになります。

もっとも、新型コロナウイルス感染防止の必要性は、国民の生命・身体という極めて重要な基本的人権に関わる問題でもあり、公共性が高い要請です。

そのため、感染防止の必要性が高まり、『全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがある』という一定の水準に達した場合には、『緊急事態宣言』が出され、一定期間の間、イベント中止等を法的に義務づけることができる、という法律の建て付けになっているものと考えられます。

憲法上の人権に配慮し、『新型インフルエンザ等緊急事態措置』は2年を超えてはならない(延長は1年限り)ものとされており(特別措置法32条2項・4項)、新型インフルエンザ等対策を実施する場合において、国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は『必要最小限』のものでなければならないとされています(同法5条)。

緊急事態宣言が出されれば、イベント主催者に限らず、広汎な国民の権利・自由が制約されますから、緊急事態宣言を出すかどうかについては専門家の意見も踏まえて国会等で議論の上、慎重な判断が望まれるところです」

今回のイベントが決行されたことに対し、主催者に同情し、中止にするなら国が補償すべきだという批判の声もネットで多数、上がっていた。

「『緊急事態宣言』に基づき、イベント中止等が法的に義務づけられた場合でも、当該イベント主催者に対して、国から補償を行うといったことは、特別措置法には規定されていません。

しかし、イベント主催者にとっては、当該イベントを実施できないことが、倒産の危機に直結する死活問題であるような場合もあるでしょう。また、公益的な必要から憲法上の権利を制約されるわけですから、憲法29条3項(損失補償)の趣旨からすると、制約に対する公的補償があってしかるべきではないかと考えます。

政策課題として、イベントを延期・中止せざるを得ないイベント主催者等に対する公的補償も検討されてしかるべきではないでしょうか」

新型コロナウイルスの感染拡大防止がいわれる中、キックボクシング団体「 K-1」が3月22日、さいたま市で大規模なイベントを開催した。主催者発表によると、6500人の観客が来場したという。

このイベントについては、飛沫感染などの恐れから、西村経済再生担当大臣や埼玉県が開催を自粛するよう主催者に求めていた。主催者は来場者にマスクやミネラルウォーターを配布。サーモグラフィーを設置して観客の体温を確認し、飲食物の販売は行わないなどの対策を講じた上で、開催した。

これに対し大野元裕県知事は同日、「埼玉スーパーアリーナで開催のK-1イベントについては、幾度も自粛の協力依頼を行って参りましたが、協力をいただけなかったこと、誠に残念です。主催者には、可能な限りの防疫措置をとること、万が一の場合に備え、入場者全員の連絡先を得ること等を指示しました」とツイートした。

ネットでは、感染を心配する声のほか、中止による主催者への経済的な打撃を懸念する声も上がり、賛否両論となった。また、政治家や国が「自粛」にとどめたことに対しても政治家や識者らの間で議論が活発化している。

なぜ現在は、「中止」できないのだろうか?  秋山直人弁護士に聞いた。

●法改正された特別措置法では緊急事態宣言が可能に

国や埼玉県が現在、イベントの中止を「自粛要請」するに止まっているのはなぜ?

「国や埼玉県が、当該イベントについて、『自粛の協力依頼』を行ったにとどまったのは、法的には、新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下『特別措置法』)32条の『新型インフルエンザ等緊急事態宣言』(以下『緊急事態宣言』)が未だなされていないからだと考えられます。

先日、新型コロナウイルス感染症を、平成24(2012)年に既に成立していた特別措置法の『新型インフルエンザ等』とみなすという改正法が成立し、3月14日から施行されました。

このため、政府の対策本部長が『緊急事態』を宣言すれば、特別措置法45条に基づき、都道府県知事は、一定期間、政令で定める多数の者が利用する施設の管理者や、当該施設を使用して催物を開催する者(「施設管理者等」)に対し、当該施設の使用の制限・停止や催物の開催の制限・停止等の措置を講ずるよう要請することができます。

施設管理者等が正当な理由がないのに当該要請に応じないときは、当該要請に係る措置を講ずべきことを『指示』することもできます。

このように、『緊急事態宣言』のもとでは、法律に基づき、イベント中止の要請・指示が可能です」

●「自粛」協力依頼は任意の協力を求めるにとどまるものだが…

「『緊急事態宣言』は、《新型インフルエンザ等が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件〔重症の発生頻度の高さ、感染経路の特定困難等〕に該当する事態が発生したと認められるとき》になされるものとされています。

しかし、現段階ではなされていないため、埼玉県知事は、『自粛の協力依頼』を行ったにとどまったものと考えられます。これは、特別措置法24条9項の『協力の要請』にあたるものと考えられます。

『協力の要請』はあくまで任意の協力を要請するにとどまるものですので、イベント主催者が、これに従わず、イベントを開催したとしても、そのことについて県や国がイベント主催者に法的責任を問うことは困難です。

もっとも、イベント主催者は、国や県知事から『自粛の協力要請』を受けながらこれに従わず、イベント開催を強行して、当該イベントで感染者が広がったような場合には、甚大な社会的非難を受けることが予想されますから、通常は従うことが多いと考えられます。

今回のイベント主催者も、当然、そのようなレピュテーションリスクも考慮したと思われますが、イベントを延期・中止にした場合に被る経済的損失の大きさから、そのようなリスクがあってもなお、イベント開催を強行することを選択したのかもしれません」

●憲法上の人権に配慮し、制限は「必要最小限」に

イベントを強制的に中止させることは憲法に違反しない?

「イベント主催者に対する世間の風当たりは強いと思われますが、イベント主催者には憲法上、営業の自由が保障されており、イベント主催者からみれば、新型コロナウイルス感染防止を理由にイベントの延期や中止を求められることは、当該憲法上の自由を制約されるということになります。

もっとも、新型コロナウイルス感染防止の必要性は、国民の生命・身体という極めて重要な基本的人権に関わる問題でもあり、公共性が高い要請です。

そのため、感染防止の必要性が高まり、『全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがある』という一定の水準に達した場合には、『緊急事態宣言』が出され、一定期間の間、イベント中止等を法的に義務づけることができる、という法律の建て付けになっているものと考えられます。

憲法上の人権に配慮し、『新型インフルエンザ等緊急事態措置』は2年を超えてはならない(延長は1年限り)ものとされており(特別措置法32条2項・4項)、新型インフルエンザ等対策を実施する場合において、国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は『必要最小限』のものでなければならないとされています(同法5条)。

緊急事態宣言が出されれば、イベント主催者に限らず、広汎な国民の権利・自由が制約されますから、緊急事態宣言を出すかどうかについては専門家の意見も踏まえて国会等で議論の上、慎重な判断が望まれるところです」

●「イベント主催者には死活問題、公的補償の検討を」

今回のイベントが決行されたことに対し、主催者に同情し、中止にするなら国が補償すべきだという批判の声もネットで多数、上がっていた。

「『緊急事態宣言』に基づき、イベント中止等が法的に義務づけられた場合でも、当該イベント主催者に対して、国から補償を行うといったことは、特別措置法には規定されていません。

しかし、イベント主催者にとっては、当該イベントを実施できないことが、倒産の危機に直結する死活問題であるような場合もあるでしょう。また、公益的な必要から憲法上の権利を制約されるわけですから、憲法29条3項(損失補償)の趣旨からすると、制約に対する公的補償があってしかるべきではないかと考えます。

政策課題として、イベントを延期・中止せざるを得ないイベント主催者等に対する公的補償も検討されてしかるべきではないでしょうか」

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