甲子園で開かれている夏の全国高校野球大会に広島県代表として出場した広陵高校が8月10日、野球部内の暴力問題を理由に出場を辞退した。
歴史ある甲子園大会を取り巻くさまざまな問題がされているが、いじめ問題に詳しい岩熊豊和弁護士は「我が国の教育現場におけるいじめ問題への対応の根深い構造的欠陥を浮き彫りにしている」と指摘する。
今回の出来事をうけて、高野連、甲子園大会の特殊性、監督や顧問の適性など、さまざまな問題が論じられた。しかし、「いじめ問題に対する学校の対応」が適切になされなかった事実に目を向けなければ、まだ同じようなことが繰り返されると強調する。
●「いじめ」かつ「重大事態」であると弁護士指摘
学校の発表によれば、今年1月に1年生部員(当時)が部の寮で上級生から暴力行為をうけ、被害部員は転校に至った。学校は3月に高野連に報告。高野連から厳重注意処分とされて出場が認められたものの、夏の大会開幕後にSNS上に関係者とされるアカウントによる投稿がきっかけとして批判が拡大し、辞退に踏み切った。
投稿では性的強要があったとし、学校側は確認できていないとしている。
岩熊弁護士は、学校の発表や関係者とされる投稿者の投稿にもとづけば、被害部員のうけた暴力行為は「いじめ」だと断じる。
いじめ防止対策推進法2条1項が定める「いじめ」の定義に照らせば、「同じ部の上級生が下級生に身体的暴行や性的強要をおこない、被害生徒が転校を余儀なくされるほどの深刻な心身の苦痛を感じていることから、明確にいじめに該当します」(岩熊弁護士)
さらに、転校により学校を離れていることなどから、同法28条1項が定める「重大事態」にも該当し得るのに、学校において適切な認定や手続が不十分だったのではないかと語る。
「被害生徒が監督に相談した際に『2年生の対外試合なくなってもいいんか?』という不適切な発言がなされたとされています。このような内容の信憑性については調査結果をまつことになりますが、真実であれば、いじめ被害の深刻さを理解せず、むしろ被害者を責めるような対応が取られたと言えます。被害者の心身の安全確保を最優先とし、加害生徒への指導と被害生徒への支援を迅速に行うべきでした」
●高野連に丸投げで…出場の「お墨付き」をもらうような態度が適切だったか
そして、本来であれば学校側が関係者を処分することに責任があったはずなのに、高野連に「外部転嫁」したことも問題だとする。
「高野連の厳重注意処分をもって、学校としての処分を完了したかのような対応を取っている点も看過できません。高野連の処分は野球部活動に関する団体内部の措置であり、学校教育法第11条に基づく学校としての懲戒処分や教育的指導とは本来別個の問題です。
学校は教育機関として、加害生徒に対する適切な懲戒処分及び教育的指導を独自に行う責務があるのです」
●私立学校における根深い構造的問題
強豪とされる運動部で生じた問題に取り組んできた岩熊弁護士は、「私立学校」「寮生活」「体育会系の風土」が絡み合う普遍的な問題が根底にあると考えている。
まずは経営上の利害関係の影響を指摘せざるをえないだろう。
「広陵高校は甲子園大会で数々の優勝を誇る強豪校です。野球部の活躍が学校経営に直接的影響を及ぼす構造にあります。
私立では特に体育会系部活動の実績が学校のブランド価値を高め、生徒募集に与える影響が大きく、不祥事の隠蔽や軽微な処分で済ませようとする動機が働きやすいのが実情です」
寮生活ではしばしばいじめや暴力が発生しやすい特殊な環境になるという。
「寮生活では上級生と下級生が24時間同じ空間で生活することになり、被害者にとって物理的にも心理的にも逃げ場がない状況が生まれます。 指導者の監視が届かない特に夜間や休日などは特に理不尽な要求や暴力がなされやすく、外部からの発見も困難です。
また、寮生活では『先輩の言うことは絶対』という上下関係が日常生活のあらゆる場面で強化され、一度いじめが始まると継続化・エスカレート化する危険性が極めて高くなります」
そして、勝利至上主義の下では「チームのため」「強くなるため」という大義名分が暴力を隠蔽する口実として利用されるという。
「指導者の絶対的権威の下では、選手は意見を述べることが困難で、不適切な指導や暴力を目撃しても声を上げることができない状況が生まれます」
●甲子園出場は教育機関の根本的責務を放棄してまで優先されるべきではない
「このような環境におかれたいじめ被害者は、助けを求めても適切な対応をえられにくく、学校が初動対応から不適切で誤った選択をすることが、二次被害にほかならないのです」
学校の不適切な初期対応により、最終的に被害者が転校するに至った構図を、岩熊弁護士は憲法26条(教育を受ける権利)の観点からも重くみる。
「これは憲法が保障する教育をうける権利の重大な侵害です。加害者が処分を受けながらも甲子園に出場し、被害者が学校を去らざるを得ないという構図は、正義に反する結果といわざるを得ません」
今回の問題は、日本の教育現場におけるいじめ問題への対応がいかに不十分であるかを如実に示した事例だと岩熊弁護士。
「甲子園が特別な舞台であることは理解できますが、教育機関としての根本的責務を放棄してまで優先されるべきものではありません。
今回の出場辞退という決断は遅きに失した感がありますが、問題の根本的解決に向けた第一歩として評価されるべきです」
広陵高校は現在、外部の弁護士などでつくられる第三者委員会で調査を進める。それと同時に、高野連に一度は“丸投げ”した責任をどのようにとるべきか。
「いじめ防止対策推進法の趣旨に従い、重大事態の認定及び適切な調査の実施を徹底する必要があります。特に私立学校における体育会系部活動については、外部の第三者による定期的な監視体制を構築し、閉鎖的環境における問題の早期発見を図るべきです。また、いじめ被害者が安心して学習を継続できる環境の整備及び、被害者に対する十分な支援体制の構築が不可欠です」