「おれはうそつきじゃない」
埼玉県川口市の公立小学校に通っていたダイキくん(12歳・仮名)は、2021年2月と4月、上級生からいじめを受けた。
学校は「いじめ重大事態」と認定し、調査委員会を設置。報告書がまとめられたものの、ダイキくんと母親は納得できず、改めて第三者委員会による再調査がおこなわれた。
そして今年6月、第三者委員の報告書が提出された。だが、そこにはダイキくんが「いじめ」と感じた一部の行為が「いじめに該当しない」と記されていた。
報告書の説明を受けたダイキくんは深いショックを受けた。取材でわかったところによると、説明を受けた数日後、自宅で自ら命を絶とうとしたという。母親が気づき、緊急搬送されて一命をとりとめた。
母親は、筆者の取材に涙ながらに語った。「息子の心を折ったのは、あの報告書です。被害者に寄り添った対応とはとても思えません」(ライター・渋井哲也)
●報告書の説明を受けた2日後に「自殺未遂」
6月30日昼ごろ、母親が目を離したすきに、ダイキくんは自宅で自殺を図った。
「洗面所やお風呂場に続く通路あたりで倒れていました。私がトイレに入っているときに音がして、出てみたら息子がいない。探して見つけたときにはすでに意識がありませんでした。救急車を呼んで心臓マッサージをし、救急隊員とドクターカーが駆けつけて、病院に運ばれました」(母親)
母親によると、その2日前、ダイキくんは市教委から第三者委員会の報告書について説明を受けた。その席でダイキくんは思わず叫んだという。「俺が嘘つきってことですか?」
そして6月30日、「おれはうそつきじゃない」と書き残し、自殺未遂に至った。
川口市いじめ問題調査委員会による調査報告書
●「握手拒否」がいじめにあたらないという結論
ダイキくんは2020年度に入学。コロナ禍の影響で休校が続き、入学式は6月におこなわれた。
2021年2月、複数の上級生から身体的特徴をからかわれる「不快なあだ名」をつけられて、公園で追い回されることもあったという。ダイキくんは深く傷つき、一時的に登校できなくなった。
母親が学校と加害児童の保護者に連絡したことで、学校側は聞き取り調査を実施。「いじめ」と認定し、加害児童の謝罪もあって、ダイキくんは「解決した」と感じていた。
しかし、その2カ月後、学校外のクラブ活動で再び加害児童である上級生と顔を合わせたことが、再調査の焦点となった。
ダイキくんは上級生に握手を求めて手を差し出した。上級生の1人、Bくんは戸惑いながらも応じたと報告書にあるが、ダイキくんは「握手してもらえなかった」と証言しており、食い違っている。
さらにCくんには握手を無視されたと感じ、強いショックを受けたという。だが、Cくんは「近づいてきたことに気が付かなかった」と説明。報告書はこの言い分を採用し、「握手に気づかなかったことはいじめに該当しない」と結論づけた。
母親は言う。「息子は以前のいじめが解決したと思っていました。それなのに、また冷たくされた。あの報告書で『いじめではない』とされたことが、息子を絶望させたんです」
●「いじめだと思うけど、法律的には違う」とされた現実
再調査を求めたのは、母親だった。
「最初の調査報告書では納得できませんでした。市教委主導の第三者委員会を立ち上げてもらい、息子は何度も聞き取りを受けました。でも、Bくん側は長く応じず、最終的に協力したのは2024年9月でした。調査の終盤でした」
結果、第三者委員会は「法律的にはいじめにあたらない」と判断した。
「第三者委員会の先生たちは『いじめだと思うけど、法律的にはいじめじゃない』と説明しました。本人たちしか真実はわからない、という曖昧な結論にされたんです」
母親は第三者委員会の対応にも不信感を抱いている。
「聞き取り中に居眠りする人もいました。交代を求め、実際、入れ替えもありました。息子の証言よりも、加害児童の一度の証言を重視する姿勢に納得できません。まるで加害者に寄り添っているように見えました」
●「川口市が傷つけたのに、なぜ私たちが逃げなければ」
報告書では、最初の「あだ名」についてはすでに学校調査でいじめと認定済みとして簡単に触れるにとどめ、「握手」の件のみ扱った。そして、「法律的にはいじめに該当しない」と判断した。母親は言う。
「息子は医師からうつ状態、パニック障害、解離性障害と診断されていました。この報告書が自殺未遂の引き金になったと思います。ようやく終わると思った調査の結末が、あまりにも冷たかった」
現在、ダイキくんは川口市から近隣自治体へ転居し、転校先で個別指導を受けている。
「川口市で起きたいじめなのに、転校したら対応が途絶えました。市教委からは『転校先の教育委員会に任せる』と言われ、心理的ケアも学習支援も打ち切られています。転校先の教委は『何も聞いていない』と言っています」
転校先では、補助教員がつき、タブレットを使って下級学年の学習をやり直している。友人関係は良好だが、心の傷は深いままだ。
「息子は『なんで俺が引っ越さなきゃいけない? 傷つけたのは川口市なのに』と何度も言います。転校で環境は変えられても、不安は消えません。昼間に衝動的に首を絞めたり、鉛筆で手を刺したりすることもあります」
ダイキくん自身も語る。
「僕は川口市に見捨てられたと思っています。転校先の学校は楽しいけれど、またいじめられるんじゃないかと思うと怖い。引っ越しても、まだ傷は治りません」
母親は最後にうったえる。「子どもの感じた苦しみを大人の"法律のものさし"で否定しないでほしい。被害者の声から学び、検証委員会を設置してほしいんです」
●川口市教育委員会、自殺未遂について「家族から直接は聞いていない」
川口市教育委員会は筆者の取材に対して、報告書の説明後にダイキくんが自殺未遂したことは「家族から直接は聞いていない。個人情報なので、これ以上は申し上げられない」とした。一方、母親は「転校先の教育委員会から川口市教委に連絡しているので知ってるはず」と話している。