冤罪事件に巻き込まれた化学機械メーカー「大川原化工機」(横浜市)が国と東京都に損害賠償を求めた裁判で、警視庁公安部と検察の捜査の違法性を認定した東京高裁の判決について、上告期限だった6月11日、国と都から上告を断念する意向が会社側に伝えられた。
国と都に1億6600万円あまりの支払いを命じた判決が確定する。同社社長の大川原正明さんは「我々を支えてくれた社員やその家族たちにわかるような謝罪をぜひしてほしい」と話した。
無実を知ることなく亡くなった同社元顧問の相嶋静夫さんの話になったとき、大川原社長が涙を拭う一幕もあった。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●「起訴取り下げを決めた検事と証言してくれた警察官を守って」
国と都が上告を断念したことを受け、大川原化工機の社長らと代理人が6月11日夕、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見を開いた。
代理人の高田剛弁護士は、国や都に求めることとして、次の6点を挙げた。
(1)警視庁・検察官は、相嶋氏遺族・会社関係者への誠意ある謝罪を
(2)警視庁は、内部告発を「壮大な虚構」と主張したことの撤回と、内部告発者の保護の表明を
(3)警視庁・検察庁は、第三者主導の検証委員会を設置し、原因究明と再発防止策の検討・実施を
(4)検察庁は、捜査員が行った虚偽の報告書の作成に対する起訴を
(5)経済産業省は、国際合意の内容に忠実な省令及び通達の改正を
(6)裁判所・検察庁は、保釈実務(人質司法)の見直しを
そのうえで、高田弁護士は、警視庁が取り組むとしている検証について「第三者が主導、主体的に関与する検証するチームであるべき。透明性と公平さが担保された検証でないと信用できない」と強調した。
警視庁公安部と検察による違法捜査が認定された冤罪事件の経緯(弁護士ドットコムニュース作成)
大川原社長は、起訴が取り下げられたことで刑事裁判は避けられたこと、そして捜査の違法性を認めた裁判所の判決に現職警察官3人による法廷での証言が大きく影響したことを踏まえて、「起訴を取り下げるという英断をしてくれた検事と、裁判で証言してくれた警察官に感謝したい。そういう方もぜひ守っていただきたい」と話した。
●「警察の情報を垂れ流した」メディアも検証を
元取締役の島田順司さんは、2018年に大川原化工機に家宅捜索が入ってからの約7年間を振り返り、「本日の上告断念を聞いて、心の中の雲がやっと晴れた」と語った。
また、3人を起訴した塚部貴子検事が裁判で「もし同じ状況になればまた同じ判断をする」「誤った判断だとは思っていないので謝罪しない」という趣旨の証言したことに触れ「同じことをすると言った検察官にはぜひ何らかの謝罪をしていただきたい」と求めた。
無実を知ることなく亡くなった相嶋静夫さんの長男は、2020年3月に社長ら3人が逮捕されたあと、メディアが警視庁の捜査情報を疑わないまま報道したり、起訴が取り消された後になって捜査の問題を取り上げるようになったりしたことに言及し、記者会見の会場に集まった記者たちにこう要望した。
「警察の情報を丸呑みにして報道してきたみなさんの姿勢をみなさん自身で検証してください。その検証の結果も見守りたい」
上告断念を受けて、代理人の高田弁護士が示した「6つの要望」
●"ストーリーありき"の捜査が起こした冤罪事件
警視庁公安部が"ストーリーありき"で捜査を推し進めた結果起きた冤罪事件だった。
大川原化工機の大川原社長ら3人は2020年3月、同社が製造する噴霧乾燥器を中国などに不正に輸出した疑いがあるとして警視庁公安部に逮捕された。
警察の捜査をチェックする立場の検察も機能せず、東京地検は3人をいったん起訴。しかし、初公判が始まる直前の2021年7月に起訴を取り消した。
逮捕、起訴された3人は何度も保釈を請求したが、裁判所が認めず、同社の顧問だった相嶋さんは無実を知らされないまま亡くなった。
大川原社長らは国家賠償訴訟を起こし、1審の東京地裁(桃崎剛裁判長)は2023年12月、警視庁と検察の捜査の違法を認め、国と都にあわせて1億6200万円あまりの賠償を命じた。
今年5月28日にあった控訴審判決で、東京高裁(太田晃詳裁判長)は1審に続いて捜査の違法性を認定。
さらに、警視庁公安部が立件する際の根拠としていた経済産業省の輸出規制省令について、1審が妥当とした公安部の独自の解釈を「犯罪の嫌疑の成立に係る判断に基本的な問題があった」と指摘した。