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エホバの証人「輸血拒否」 患者が「意識不明」の場合はどうなるのか
2013年04月23日 18時00分

宗教団体「エホバの証人」の信者の女性(当時65歳)が手術を受けた際、女性の息子が輸血を拒否し、女性が術後すぐに亡くなっていたことがこのほど判明した。

各社報道によると、女性は2011年4月、急性硬膜下血腫のため、青森市の青森県立中央病院に緊急入院した。医師は手術と輸血が必要だと判断。患者自身の意識がほとんどなかったので、息子に同意を求めたが、女性本人の信仰を理由に輸血は拒否された。手術は「輸血不要」という合意のもとで行われたが、完遂せず、女性は亡くなった。

エホバの証人の信者による輸血拒否といえば、1992年に東大付属病院で、医師が患者の同意を得ないまま輸血を行い、病院側が民事裁判で訴えられた事例がある。最高裁の判決は、医師の説明不足のせいで患者自身が手術を受けるかどうか決める『自己決定権』が侵害されたとして、病院を運営する国や医師側に55万円の損害賠償の支払いを命じた。医療現場での「インフォームド・コンセント」の重要性が、広く知られる契機にもなったケースだ。

ただ今回は判例のケースと違い、患者本人には意識がなく、拒否したのは息子だったとされている。このような生死をわける状況で、家族の判断だけでも輸血拒否は可能なのだろうか。冨宅恵弁護士に聞いた。

●「輸血を拒否する権利」の背景には「信教の自由」がある

「先の最高裁判決では、患者本人の『自己決定権』が尊重されました。手術の前に『輸血を受けるか否か』の決定を行う機会が与えられなければ、損害賠償の対象となると判示されたのです。

したがって、医師や病院は、治療のために必要であったとしても、本人の意思に反して輸血を行った場合は、損害賠償責任を負うことになります」

冨宅弁護士によると、この最高裁判決の背景には、「信教の自由」(憲法20条)があるという。憲法は、それぞれの個人が宗教を信仰するかしないか、どのような宗教を信仰するかについて、その人の意思にもとづいて決定する自由を保障している。

「この信教の自由は、国に対してだけでなく、病院や医師など私人に対しても主張できます。病院や医師から、この自由が制限された場合には、先の最高裁判決のように損害賠償の対象となります。ただし、国に対しても、私人に対しても、自らの信仰に基づく行為が制限されることはありえます」

では、今回の事件のように、本人の意思が確認できない場合はどうだろうか。

「本人が、輸血しないことの危険性を十分に認識したうえで、『心から輸血を拒否する』という意思表明を行っていたとします。さらに、その意思が何らかの方法で確認できて、意思表明のときからそれほど長い時間が経っていないとしましょう。

そのような場合に家族から『本人が輸血を拒否している』という説明があれば、医師はその説明を尊重せざるをえないでしょう。本人が意識不明に陥っていて、手術前にその真偽を確認できなかったとしても、医師が勝手に輸血を行えば、損害賠償の対象になるものと考えます」

つまり、家族が「輸血を拒否する」という患者本人の意思を代弁しているとみなされ、医者や病院はそれに従わざるをえないということだ。患者の命を守る使命を負っている医師からすれば歯がゆい思いだろうが、「信教の自由」が優先するということなのだろうか。

●「輸血拒否」の意思表明が古すぎる場合は結論が変わる

一方で、冨宅弁護士は「本人の事前の意思が確認できなかったり、意思表明から相当時間が経った場合は結論が変わります」と付け加える。

「このような場合は、本人の輸血拒否の意思が確認できない状況であると判断されると思います。したがって、たとえ医師が輸血を行ったとしても損害賠償の対象にならないと考えます。そのような場合に、親族が本人の『信仰』に基づく判断を推測して、輸血を拒否することはできません」

では、幼い子どものように、患者の判断能力が十分とはいえない場合はどうだろうか。

「両親には自らの信仰に基づいて子どもを養い、教育する権利をもっています。しかしこの権利も、子どもの生命や健全な身体を守るという観点から制限を受けます。

たとえば、生命の危険に直面している子どもに対する輸血を拒否するという行為は、親権の濫用とされ、親権を喪失する理由にもなりえます。したがって、両親が子どもの輸血を拒否することはできません」

冨宅弁護士によると、日本医師会では子どもの患者に対するインフォームド・コンセントについては、15歳という年齢を一つの基準としているという。輸血拒否は、患者の自己決定権にもとづくものだが、それが認められるのは、患者に十分な判断能力がある場合に限られる、ということだろう。

(弁護士ドットコムニュース)

宗教団体「エホバの証人」の信者の女性(当時65歳)が手術を受けた際、女性の息子が輸血を拒否し、女性が術後すぐに亡くなっていたことがこのほど判明した。

各社報道によると、女性は2011年4月、急性硬膜下血腫のため、青森市の青森県立中央病院に緊急入院した。医師は手術と輸血が必要だと判断。患者自身の意識がほとんどなかったので、息子に同意を求めたが、女性本人の信仰を理由に輸血は拒否された。手術は「輸血不要」という合意のもとで行われたが、完遂せず、女性は亡くなった。

エホバの証人の信者による輸血拒否といえば、1992年に東大付属病院で、医師が患者の同意を得ないまま輸血を行い、病院側が民事裁判で訴えられた事例がある。最高裁の判決は、医師の説明不足のせいで患者自身が手術を受けるかどうか決める『自己決定権』が侵害されたとして、病院を運営する国や医師側に55万円の損害賠償の支払いを命じた。医療現場での「インフォームド・コンセント」の重要性が、広く知られる契機にもなったケースだ。

ただ今回は判例のケースと違い、患者本人には意識がなく、拒否したのは息子だったとされている。このような生死をわける状況で、家族の判断だけでも輸血拒否は可能なのだろうか。冨宅恵弁護士に聞いた。

●「輸血を拒否する権利」の背景には「信教の自由」がある

「先の最高裁判決では、患者本人の『自己決定権』が尊重されました。手術の前に『輸血を受けるか否か』の決定を行う機会が与えられなければ、損害賠償の対象となると判示されたのです。

したがって、医師や病院は、治療のために必要であったとしても、本人の意思に反して輸血を行った場合は、損害賠償責任を負うことになります」

冨宅弁護士によると、この最高裁判決の背景には、「信教の自由」(憲法20条)があるという。憲法は、それぞれの個人が宗教を信仰するかしないか、どのような宗教を信仰するかについて、その人の意思にもとづいて決定する自由を保障している。

「この信教の自由は、国に対してだけでなく、病院や医師など私人に対しても主張できます。病院や医師から、この自由が制限された場合には、先の最高裁判決のように損害賠償の対象となります。ただし、国に対しても、私人に対しても、自らの信仰に基づく行為が制限されることはありえます」

では、今回の事件のように、本人の意思が確認できない場合はどうだろうか。

「本人が、輸血しないことの危険性を十分に認識したうえで、『心から輸血を拒否する』という意思表明を行っていたとします。さらに、その意思が何らかの方法で確認できて、意思表明のときからそれほど長い時間が経っていないとしましょう。

そのような場合に家族から『本人が輸血を拒否している』という説明があれば、医師はその説明を尊重せざるをえないでしょう。本人が意識不明に陥っていて、手術前にその真偽を確認できなかったとしても、医師が勝手に輸血を行えば、損害賠償の対象になるものと考えます」

つまり、家族が「輸血を拒否する」という患者本人の意思を代弁しているとみなされ、医者や病院はそれに従わざるをえないということだ。患者の命を守る使命を負っている医師からすれば歯がゆい思いだろうが、「信教の自由」が優先するということなのだろうか。

●「輸血拒否」の意思表明が古すぎる場合は結論が変わる

一方で、冨宅弁護士は「本人の事前の意思が確認できなかったり、意思表明から相当時間が経った場合は結論が変わります」と付け加える。

「このような場合は、本人の輸血拒否の意思が確認できない状況であると判断されると思います。したがって、たとえ医師が輸血を行ったとしても損害賠償の対象にならないと考えます。そのような場合に、親族が本人の『信仰』に基づく判断を推測して、輸血を拒否することはできません」

では、幼い子どものように、患者の判断能力が十分とはいえない場合はどうだろうか。

「両親には自らの信仰に基づいて子どもを養い、教育する権利をもっています。しかしこの権利も、子どもの生命や健全な身体を守るという観点から制限を受けます。

たとえば、生命の危険に直面している子どもに対する輸血を拒否するという行為は、親権の濫用とされ、親権を喪失する理由にもなりえます。したがって、両親が子どもの輸血を拒否することはできません」

冨宅弁護士によると、日本医師会では子どもの患者に対するインフォームド・コンセントについては、15歳という年齢を一つの基準としているという。輸血拒否は、患者の自己決定権にもとづくものだが、それが認められるのは、患者に十分な判断能力がある場合に限られる、ということだろう。

(弁護士ドットコムニュース)

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