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「車を盗まれた側の賠償責任」を否定した最高裁 判断の指標となりうる「補足意見」も
2020年01月23日 08時53分

盗まれた車が交通事故を起こしたとき、車の持ち主は賠償責任を負うのかどうかが争われていた裁判で、最高裁第三小法廷(林景一裁判長)は1月21日、車の持ち主の賠償責任を認めた二審判決を破棄し、損害賠償請求を棄却した。

裁判の争点は、賠償責任の根拠となる不法行為責任(民法709条)の成立要件である、(1)車の持ち主の「管理上の過失」が認められるのか、(2)管理上の過失と事故発生との間に相当因果関係が認められるのか、という2点だった。

一審は、(1)管理上の過失を認めたものの、(2)相当因果関係がないとして会社の責任を認めなかった。対する二審は、(1)管理上の過失も(2)相当因果関係も肯定して会社の責任を認めていた。

最高裁は、(1)管理上の過失が認められないとして、車両の所有者である会社の責任を否定し、一審・二審とも違う理由を示した。

今回の一審・二審・最高裁が三者三様の判断となったように、過去の裁判例でも判断が分かれており、最高裁がどんな判断をするか注目されていた。

これらの注目点に最高裁はどう答えたのか。今回の判決について、民事交通事故賠償に詳しい新田真之介弁護士に解説してもらった。

盗まれた車が交通事故を起こしたとき、車の持ち主は賠償責任を負うのかどうかが争われていた裁判で、最高裁第三小法廷(林景一裁判長)は1月21日、車の持ち主の賠償責任を認めた二審判決を破棄し、損害賠償請求を棄却した。

裁判の争点は、賠償責任の根拠となる不法行為責任(民法709条)の成立要件である、(1)車の持ち主の「管理上の過失」が認められるのか、(2)管理上の過失と事故発生との間に相当因果関係が認められるのか、という2点だった。

一審は、(1)管理上の過失を認めたものの、(2)相当因果関係がないとして会社の責任を認めなかった。対する二審は、(1)管理上の過失も(2)相当因果関係も肯定して会社の責任を認めていた。

最高裁は、(1)管理上の過失が認められないとして、車両の所有者である会社の責任を否定し、一審・二審とも違う理由を示した。

今回の一審・二審・最高裁が三者三様の判断となったように、過去の裁判例でも判断が分かれており、最高裁がどんな判断をするか注目されていた。

これらの注目点に最高裁はどう答えたのか。今回の判決について、民事交通事故賠償に詳しい新田真之介弁護士に解説してもらった。

●「個人所有の車が盗まれた場合の責任」とは別物

今回の判決は、会社が内規を定めてエンジンキーの保管場所を指定していたものの、従業員がその内規を守らずにエンジンキーを車内の日よけにはさんで駐車していたというケースです。

会社には自動車保管上の過失がないとして、相当因果関係の判断に入ることなく不法行為責任(民法709条)を否定しました。

ここで注意が必要なのは、今回のケースでは会社自身の不法行為責任(民法709条)のみが争点となっており、従業員個人の不法行為責任(民法709条)や、その従業員の過失を前提とした会社の使用者責任(民法715条)はそもそも争点となっていないということです。

つまり、個人所有の車が盗まれたような場合に、今回の判決をそのままあてはめて考えることはできないということに注意する必要があります。

また、今回の最高裁判決は、そもそも自動車所有者の保管上の過失がないという部分で所有者の責任を認めなかったため、相当因果関係については言及していません。

ただ、多数意見ではないものの、林景一裁判官の補足意見が判決末尾に付されていて、主に下記(a)・(b)の2点について参考になります。

●(a)最高裁昭和48年12月29日判決(昭和48年判例)の射程

昭和48年判例は、タクシー会社の駐車場にエンジンキーを差し込んだまま、道路に近い入り口付近に駐車させていたところ、盗まれて2時間後に事故が起きたという事例でした。

当時の最高裁は、次のように判示しました。

「自動車の所有者が駐車場に自動車を駐車させる場合、右駐車場が、客観的に第三者の自由な立入を禁止する構造、管理状況にあると認めうるときには、たとえ当該自動車にエンジンキーを差し込んだままの状態で駐車させても、このことのために、通常、右自動車が第三者によって窃取され、かつ、この第三者によって交通事故が惹起されるものとはいえないから、自動車にエンジンキーを差し込んだまま駐車させたことと当該自動車を窃取した第三者が惹起した交通事故による損害との間には、相当因果関係があると認めることはできない」

昭和48年判例は、エンジンキーを差し込んだまま放置したという過失があったとしても、駐車場が「客観的に第三者の自由な立ち入りを禁止する構造、管理状況」にあるから、「相当因果関係がない」として、責任を否定した事例と考えられていました。

もっとも、第三者が容易に立ち入れる駐車場(今回のケースのように、駐車場が公道に面していて、公道との間に塀や柵が設けられていない駐車場)だった場合はどうなのかについて疑問の余地がありました。

林裁判官の補足意見はこの昭和48年判例について、次のように述べています。

「同判例は、当該事案の下で、駐車場が『客観的に第三者の自由な立入を禁止する構造、管理状況』にあることを重視して自動車所有者の不法行為責任を否定したものであることは明らかであるが、駐車場が『客観的に第三者の自由な立入を禁止する構造、管理状況』にない場合に、直ちに不法行為責任を肯定すべきとする趣旨のものでないことも、また明らかである」

つまり、昭和48年判例は「第三者の自由な立ち入りを禁止する構造」であることから所有者の不法行為責任を否定したけれども、容易に第三者の立ち入りを許すような駐車場の構造であったとしても、それだけで直ちに所有者の不法行為責任が認められるというわけではないと述べているわけです。

この補足意見を読む限り、「車両の保管状況」は、所有者の自動車管理上の過失についての判断要素であると同時に、相当因果関係(※)の判断要素にも関係するものであって、「過失についての考慮事情はこれとこれで、相当因果関係についての考慮事情はこれとこれ」などと別々に分けずに、総合的・一体的に考えているのではないかと推測することができます。

(※)ただし、林裁判官の補足意見は、「相当因果関係」という文言を直接は用いておらず、「発生した交通事故が自動車所有者の保管上の過失によるものであるか否か」という表現をしています。

●(b)相当因果関係の判断基準

林裁判官の補足意見では、次のように述べられています。

「個別の事情を踏まえつつ、駐車場所や、エンジンキーの置き場所を含めた駐車方法等の諸事情に照らして、自動車所有者が第三者による運転を容認したといわれても仕方ないと評価し得ることなどから、事故の発生についても予見可能性があったといえるような場合であるか否かとの観点から、総合的に検討すべきである」

あくまで「総合判断」とはしながらも、この補足意見から一応規範のようなものを抽出するとすれば、「第三者による運転を容認したといわれても仕方ないと評価」できるような事情が認められる場合で、さらに、(車両の盗難についてだけでなく)「事故の発生についても予見可能性があったといえるような場合」という、かなり高いハードルをもうけていることがわかります。

その理由として、「自動車を駐車する行為から交通事故の発生までには、第三者による窃取という故意行為と第三者による交通事故の惹起という過失行為が介在する」ことを挙げています。これ自体は一般的にも理解しやすいものかと思います。

●車両を所有する人は今後どうふるまうべきか

今回の最高裁判決からは、盗まれた車の持ち主に盗難車の事故についての賠償責任が認められるための要件はとても厳しいものであることがわかります。

一方で、公道から誰でも容易に立ち入ることができる状態でエンジンキーをさしたまま長期間放置していたり、事故の危険があるのを具体的に知りながら何ら対策を講じないままにしていたりしたことで所有車両によって事故が発生した場合には、所有者の賠償責任が肯定されるケースも考えられます。

自動車を保有する個人や会社の方は、いま一度、盗難のための対策や、車両や鍵の保管状況を見直すきっかけにしていただきたいと思います。

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