教員による子どもの盗撮が大きく報じられ、学校という組織への信頼が崩れかけている。盗撮がこれほど大きな問題になったことはなかったのではないか。
それは学校だけでなく職場でも起きている。働く場所で従業員が盗撮に及べば、そこは安全に働ける場所ではなくなる。決して軽視されるような犯罪ではなく、企業は真剣に被害と向き合わなければいけない。
従業員による盗撮の問題が起きた際、企業は被害を受けた従業員や客にどこまで寄り添うべきか。問題が生じたことを公表するにあたって、どのような判断をすればよいのか。
性犯罪に詳しく、被害者支援に取り組む上谷さくら弁護士に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●盗撮は被害者の生活を一変させる
——まず、盗撮は被害者にどのような影響を及ぼすのでしょうか
盗撮の罪深さは、犯行が手軽にできてしまうのにくらべて、被害者に「いつ、どこで撮られたかわからない」という計り知れない恐怖を与えるところにあります。
自分が気づかぬうちに被害に遭っていた、遭っていたかもしれないという事実は「今この瞬間も撮られているかもしれない」という拭いがたい不安を被害者に植え付けます。
その結果、外出が怖くなったり、人間不信に陥ったりします。自分の画像がネットに流出していないか、毎日検索するような強迫的な行動を続けることもあります。盗撮の画像や映像が見つからなければ安心、というわけでは決してなく、「まだ見つからないだけかもしれない」という恐怖が続くのです。
残されたであろう映像に映る自分とは別人になろうとして、服装や髪型を全く変えてしまったり、人間関係を断ち切ってしまったりする方もいます。
盗撮を軽視する人もいますが、それだけ盗撮被害が深刻なものであることを、まずは企業側が認識してほしいと思います。
私が担当した事件ですが、企業の更衣室で盗撮された女性社員は、加害者が処分されても、企業に行くことができなくなりました。幸いなことになんとか復帰できましたが、人間の生活を一変させる行為ということです。
職場の更衣室のイメージ(mits / PIXTA)
●問題が発覚した際に企業がとるべき対応
——トイレや更衣室など職場でカメラが見つかり、盗撮の疑いが生じたら、企業はどのような対応をとるべきでしょうか。
盗撮の疑いの程度が高ければ、まずは警察に相談すべきです。それ以外には、職場のハラスメントを防止するために事業主が構ずべき措置について、厚労省が指針を定めているので、それが参考になります。
(1)事実関係を迅速に確認する。(2)事実が確認できたら速やかに被害者に配慮の措置を適正に行う。(3)加害者への措置を適正に行う。(4)再発防止に向けた措置を行う。
被害者の周囲の関係者だけではなく、社内のコンプライアンス担当などに報告してください。事実調査や被害者の精神的なケアなど、素人が右往左往しても仕方ありません。自分たちだけで抱えないことです。
カメラの設置がわかったのであれば、社内で他にもカメラがないか調べる必要があります。
被害の動画まで確認されたのであれば、被害者の意向を確認したうえで、警察に通報しましょう。その場合、安易に加害者に接触して事実確認しない方が無難です。盗撮画像を消去する可能性があるからです(この場合、警察や業者が復元することは可能です)。
加害者が誰なのか、盗撮画像があるのか曖昧な場合、まずは社内調査をすることになるでしょうが、並行して、警察にも相談して構いません。相談するくらいであれば、名誉毀損にはなりません。
盗撮行為に及んだと疑われる従業員がいても、明らかな証拠がない場合には、強硬に配置転換などの処分をなせば、訴訟を起こされるリスクがあります。
●警察の捜査に委ねるだけで済ませるべきではない
——加害者が認めた後は、企業はどうすべきですか
撮影しても、カメラの設置だけでも罪に問われますし、企業も撮影された従業員も警察に被害届を提出できます。企業は建造物侵入罪の被害者です。
警察に通報し、加害者が任意で事情聴取されたり、逮捕や勾留された後、加害者が会社を辞めた場合だと、その後の刑事処分がどうなったのか状況をつかみにくいこともあります。
職場で発生した盗撮事件を隠したい企業のなかには、積極的に被害届を提出しようとしないケースもあります。
警察が盗撮した従業員の事情聴取を行ったのであれば、企業側はその後の捜査や処分がどうなったのか警察に問い合わせをして、正確に被害者に説明する努力を尽くすべきではないでしょうか。
盗撮された被害者が心配するのは、映像の存在や流通です。加害者側がどのような説明をするか、留置施設にいたとしても、相手が拒否しなければ面会は可能です。裁判になれば傍聴に行き、どのような処分になるのか見届けるべきです。
被害従業員が現場となったトイレや更衣室のある職場で働き続けることが精神的に厳しいとして、異動などを希望したら、なるべくその意向に添うべきです。職場の規模にも左右されるので、ケースバイケースではあります。
異動後に、人員不足などの問題で、元の職場に戻らせたいとしても、それはもっぱら会社側の都合でしかありません。被害者の意向を優先すべきです。
上谷さくら弁護士(本人提供)
●事実の公表は被害者の意向を踏まえて、対応誤れば信頼を失うリスクも
——盗撮の問題が生じた際、企業はどこまで事実を公表すべきでしょうか。
被害者が特定されることを恐れ、公表を望まないケースもあるため、非常に悩ましい問題です。しかし、何も知らせないでいると、後から事実が発覚した際に「なぜ教えてくれなかったのか」と、より大きな不信感に繋がることもあります。
少なくとも社内に対しては、個人が特定されない形で「更衣室からカメラが発見され、再発防止策を講じました。ご不安な方はお知らせください」といった周知はすべきでしょう。
——企業が運営する店舗や施設の利用客が被害者になった可能性がある場合は、客に伝えたり、社外に公表するべきでしょうか。
被害者が明らかでない場合は、更衣室でカメラが発見され対策をとったことを伝えるべきでしょう。何も知らせないまま、のちに盗撮映像の存在が明らかになれば、当然利用客の怒りは企業に向くことになります。
誠実な対応を怠れば、不満が募り、SNSでの告発やメディアへの告発といった事態に発展します。
そうした告発が出てから対応しようとしても、「把握していたのに黙っていた」と受け取られ、企業のダメージは計り知れません。特に子どもも利用するような施設であれば、信頼を取り戻すことは容易ではありません。正直に伝える方が、結果的に信頼を損なわずに済む可能性があります。
●従業員の犯罪行為の責任は企業にあるのか
——そもそも従業員が職場で犯罪行為に及んだとして、企業に責任はあるのでしょうか。
たしかに盗撮の予防は難しいと言えますし、過去には企業の責任が否定された裁判例もあります。
上司からロッカーで着替えを盗撮された女性が勤務先の企業に賠償を求めた訴訟で、盗撮行為は「事業の執行につき」行われなかったとされ、女性の請求が棄却された裁判がありました(東京地裁2013年9月25日判決)
とはいえ、これは10年以上前の裁判です。「事業の執行につき」行われたとして、企業にも連帯して賠償が認められた最近の判例もあります(東京地裁2023年5月29日判決)。
この裁判では、原告の女性社員は男性上司からおよそ2年にわたり、事務所内で横顔や後ろ姿を無断で撮影されるようになったと認められました。トイレや更衣室での盗撮ではありませんが、この撮影行為は業務時間内に事務所内で行われたことからすれば「事業の執行についてされたもの」といえるとし、企業が使用者責任を負うと判断しました。企業と上司に連帯して賠償の支払いを命じています。
したがって、今後も使用者責任が認められる裁判例が出てくる可能性がありますし、たとえば職場の更衣室が女性用と男性用に分けられておらず、女性用更衣室を男性が使用するような状態が続いているケースでは、使用者責任ではなくて安全配慮義務違反などの企業責任が認められる可能性があります
従業員による盗撮に対して、企業は厳しく向き合わなければいけないと思います。