正社員同士の共働き社員とシングルの社員が、職場の主力になりつつあるーー。リクルートワークス研究所の大嶋寧子氏らが過去10年間の働き方の変化を調べたところ、こうした実態が浮かび上がった。
正社員同士のカップルは、夫婦ともに子育てなどで働き方を制約される人が多く、SNSではそのことに不満を抱いたシングル社員らが、共働き社員を「子持ち様」と揶揄する投稿も見られる。利害が対立しがちな両者が、不公平感を持たず意欲的に働ける職場を作るには、どうすればいいのだろうか。(ライター・有馬知子)
●「結婚が選択肢狭める」 職場に増える単身者
大嶋氏のチームは、同研究所が2016年から毎年行っている「全国就業実態パネル調査」の結果を元に、30〜59歳男女の家族の形と働き方の組み合わせの変化を調べた。その結果、シングルの正社員の割合は2015年の16.2%から、2024年には21.6%へと大きく伸びた。男性の場合、単身者の増加は不安定雇用と低収入に結びつけて論じられることも多いが、年収500万円〜700万円の男性の有配偶率も低下していた。
雇用と収入が安定していても結婚を選ばない人が増えている理由について、大嶋氏は結婚しなければならないという社会の圧力がなくなるなか、「人生の選択肢が限られるという『デメリット面』が強く意識されているのではないか」と分析する。
「正社員の4分の3は、地域活動や自己研鑽など仕事以外の役割を持っているとの調査結果もあります。単身者も無責任に生きたいわけではなく、結婚し子どもを持つと『やりたいこと』『やるべきこと』がままならなくなる、と考えているのではないでしょうか」
一方、正社員と専業主婦ら非就業者の組み合わせの割合は、15.4%から10.3%へと大幅に低下し、正社員同士のカップルの占める割合は15.5%から16.8%に増えた。正社員同士の共働きの割合が増えたことについては「2016年ごろから女性活躍推進法や働き方改革関連法が施行され、両立支援の環境が整ったことが要因と考えられます。ただ伸び幅はあまり大きくないところに、限界もうかがえます」と説明する。
こうした調査結果からは、職場の主力が専業主婦の妻に支えられた男性正社員から、正社員同士の共働き社員とシングル社員という、全く立場の違う2つのグループへと本格的に移行してきたことが見えてくる。
●シングル社員と共働き社員の分断を防ぐ 本人任せにせず仕組みづくりを
同研究所が2025年に実施した別の調査では、シングル社員と共働きの正社員が、職場でそれぞれ異なるフラストレーションを抱えやすい構造が生まれていることも示された。
職場で育児・介護を担う本人と、その周囲の人に意識調査を行ったところ、本人は育児・介護が始まってから、キャリア展望や昇進への意欲、仕事への意欲などが低下する傾向が見られた。ただ職場の人間関係や定着志向に関してはポジティブな意識変化が起きており「本人たちは、働き方に制約のある自分を受け入れてくれる職場と同僚にありがたみを感じる半面、両立によってキャリアの展望を描きづらくなっていることが分かります」。
一方で周囲の人については、育児・介護中の人が身近にいることで「仕事量が増えた」との回答が7割に上り、会社に対する不公平感も高まっていた。ただ職場の人間関係に関してはさほどネガティブな変化は見られず「不満の矛先は本人より、仕事を自分に上乗せしてくる職場に向けられていました」。
前述したように今は大半の社員が、仕事以外にさまざまな「やるべきこと」「やりたいこと」を抱えている。にもかかわらずシングル社員を始め、育児や介護の役割がない人が「無制限に働ける」と見なされ、同僚がセーブした分の仕事を負担させられたら、不公平感を持つのは無理もないだろう。
「単身者は扶養する家族もなく身軽なので、不満が高まれば離職する可能性が高まります。人事関係者からは『両立支援を打ち出しすぎると、周囲の不公平感が高まるため言いづらい』という声も聞かれます」
また「子どもが急病なので仕事を代わってもらえないか」といった交渉を本人たちに任せると、頼んだ方は罪悪感や職場への居づらさを募らせ、頼まれた方も相手に対して「子持ち様」のような不満を抱きかねない。「両者の分断を防ぐにはやり繰りを個人に委ねず、組織として不満を抱かせない仕組みを作ることが大事です」と、大嶋氏は強調した。
●仕事とそれ以外をバーターにしない 「誰もが働き方を選べる」仕組みが必要
大嶋氏らのチームは、働き方に制約のある社員もない社員も、等しく意欲を持って働ける環境を整えた企業にヒアリングを実施した。すると、こうした企業は理由を問わずに柔軟な働き方を選べる仕組みを設けたり、DXを通じて職場全体の労働時間の削減を進めたりして、全ての社員に「仕事以外の役割も応援する」というメッセージを発信していた。
「日本の職場はこれまで、育児・介護も含めて『仕事以外のこと』を選べば安定雇用や収入、キャリアなどを諦めざるを得ず、仕事を取ればそれ以外のことを諦めざるを得なかった。しかしこれからは、両方を選べる仕組みが必要です」
明太子を製造・販売するふくや(福岡市)は「残業なし」「週3日勤務」「土日祝日に休みを固定」などから働き方を選べる仕組みを導入し、子育て中の女性らの離職を防ぐことに成功した。町内会活動などで地域に貢献する社員に「地域役員手当」も支給している。
また富山県の金属メーカー、CKサンエツは社員に「仕事最優先」「仕事優先」「私生活優先」「私生活最優先」の4つの選択肢から働き方を選んでもらい、賃金や育成投資の配分を調整することで「努力して働くほど報われる」組織をつくっていた。
働き方を選べるようにするのと同時に、人材育成と人事評価を通じて社員に力を発揮してもらう仕組みを作り、企業成長に結び付けようともしていた。例えば建設業のKMユナイテッドは徹底的な業務分析を通じて、職場に必要なスキルと社員の手持ちのスキルを明確化。その上で社員に「このスキルを身に着ければ評価が高まる」と伝え、スキルアップへの意欲を引き出していた。その結果職場全体のスキルが底上げされ、結果的に顧客満足度も高まったという。
「こうした企業は、社員への温情や理想論で制度を作ったわけではありません。優秀な人材を確保して企業成長を実現し、かつ従業員も辞めずにやりがいを持って働けるという、両方を叶えるための環境を整えようとしていました」
●会社の危機が働き方の改革につながった 「当たり前」をゼロベースで見直す
社員の社外活動を応援できるのは、その企業に余裕があるからだ、社員の誰もが柔軟な働き方をし始めたら、オペレーションが回らない--。企業からはそんな声も聞こえてきそうだ。 しかしふくやは採用難の中、やっとのことで集めた女性社員が出産を機に相次いで退職するという事態が起こり、KMユナイテッドも過去には、若い職人が「修行」の長さに耐えられず離職してしまう、という悩みを抱えていた。窮地に立たされて「週3日勤務でいいから働いてほしい」「短期間で一人前に育てるから、辞めないでほしい」と、必要に迫られる形で仕組みを整えた結果、職場全体の働き方が変わった。
また給排水の設備管理などを行う富士水質管理は、現場の徹底的な洗い出しによって、力仕事など男性としての力が求められる現場は、実は少ないことを突き止めた。男性しか務まらないという「当たり前」を見直した結果、女性や高齢者が活躍できるようになったのだ。 「『うちの会社の特性上、この部分は変えられない』と思考停止するのではなく『変えるとしたらどうするか』という視点で考えることが、職場改革の第一歩です」と、大嶋さんは指摘した。