9月8日、佐賀県警が科捜研技術職員が7年余りにわたり、実際は行っていないDNA型鑑定を行ったように装う虚偽書類を作成するなどの不正行為を130件確認したと発表しました。このうち16件の鑑定結果が証拠として佐賀地方検察庁に送られていたといいます。
40代の技術職員は懲戒免職処分を受け、書類送検されました。
これを受け、佐賀県弁護士会は9月9日、「前代未聞かつ極めて重大な不祥事」として非難を表明する会長声明を発表しています。
DNA型鑑定は現代の刑事捜査において極めて重要な科学的証拠とされていますが、今回の事件では捜査機関内部の職員による組織的な証拠偽造や隠滅が疑われており、刑事司法制度に対する信頼を根底から問い直す深刻な問題となっています。
不正を行った職員にはどのような責任が生じるでしょうか。刑事事件にくわしい澤井康生弁護士に聞きました。
●職員はどんな刑事責任を負うのか
——押収された証拠からDNA型鑑定を行うに際し、科捜研の技術職員が鑑定をしていないのに鑑定をしたかのような書類を作成するなどの不正行為を行い、その報告をしていたようです。何らかの刑事責任が生じますか?
DNA型鑑定の結果を示す書類は「他人の刑事事件に関する証拠」に該当します。これを捏造、改ざんした場合には、証拠隠滅罪(刑法104条、3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金)が成立します。
過去には現場の警察官が目撃者などの証人の供述調書を作成する際に内容を捏造したことにより証拠隠滅罪に問われた事件などがありますが、私の知る限り科捜研の技術職員がDNA型鑑定を捏造した事件は聞いたことがありません。
つぎに、この技術職員はうその内容のDNA型鑑定報告書を作成していることから、公務員が職務上、内容虚偽の公文書を作成したものとして、有印虚偽公文書作成罪(刑法156条、1年以上10年以下の拘禁刑)が成立します。
報道によると、この技術職員は7年間にわたり130件もの不適切な行為を行っていたとのことです。仮に複数の不正行為が刑事事件として起訴され、有罪となる場合には、各犯罪が併合罪(刑法45条)となり、より重く処罰されます。
また、情状としては反復性、常習性、社会に与えた影響の重大性なども考慮されます。おそらくですが、2年から2年6カ月程度の拘禁刑となり、仮に執行猶予が付いたとしても最長の5年間になると思います。
●刑事裁判への信頼を大きく傷つけた
——刑事裁判の結果に影響を与えるのでしょうか?
報道によれば、佐賀県警は捜査、公判に与えた影響はなかったとしています。しかし、仮に具体的な影響がなかったとした場合であっても、科捜研の鑑定に対する司法の信頼、ひいては国民の信頼を大きく傷つけたことは否定できません。
刑事裁判では裁判所が鑑定を命じた公正中立な鑑定人(例えば大学教授など)による鑑定書が証拠となることもありますが、ほとんどは都道府県警察の科捜研(いわゆる鑑定受託者)などによる鑑定書が証拠として提出されます。
科捜研は捜査機関の一部であることから公正中立な鑑定人とは立場が異なりますが、鑑定内容の正確性に違いはないことから、鑑定人作成の鑑定書と同様に証拠能力が認められています(最高裁昭和28年10月15日判決)。
科捜研によるDNA型鑑定は科学的知見に基づく専門的な鑑定であり、そのような知見を有していない検察官、弁護士、裁判官は合理性を疑う特段の事情がなければ報告書の内容を信用してしまいがちです。
特にDNA型鑑定は殺人罪や不同意性交罪などの重大犯罪において被告人と犯人の同一性、いわゆる犯人性を立証するために幅広く使用されており、犯人性を立証する唯一の証拠がDNA型鑑定しかない場合であっても犯人性を認め有罪判決とされた事件もあります(横浜地裁平成24年7月20日判決など)。
このように裁判所の事実認定に重大な影響を与える科捜研のDNA型鑑定が捏造、改ざんされていたとした場合、その悪影響は計り知れません。
もちろん今回の事件は当該技術職員個人の犯罪であり、日々真面目に鑑定作業を行っている他の技術職員には何らの落ち度もありませんが、科捜研の鑑定に対する司法の信頼、ひいては国民の信頼が傷づけられたことは否定できません。
今後、全国の都道府県警察における科捜研としては、同様の事件が起こることのないよう再発防止対策を徹底する必要があります。